こんな電話がかかってくるのは、決まって夕方だ。最近は、それが多くなってきている。それも、特定のキャバ嬢数人からだ。そんなのは誰もがわかる、同伴の誘いに違いない。しかし、夕方にかかってきても、「はい、行けます」となるわけはない。
それだけキャバクラやクラブは厳しくなっているのだろう。ある嬢には愛人の誘いが何度もあったりする。「新たにマンションを購入し、さらに月50万円」を提示されたこともあるらしい。貧困やワーキングプアが社会問題となる中で、お金があるところにはあるのだな、ということを実感する。
しかし、この嬢はその誘いを断った。理由は「働かなくてもいいけど、働いた方がもっと稼げるし、愛人になると自由にならない。それに決まって、その人に会わないといけない」ということをあげた。私なら、いろいろ考えて、「働かない愛人」を選んでしまいそうだが、実績のある嬢であれば、そんな条件は飲めないのだろう。
ただ、そこまでの実績を持つ嬢でも、この先も、同じ成績でいられるかどうかはわからない。だからこそ、私のような人であっても、「定期的に電話するお客リスト」に入ってしまう。それだけ夜の繁華街は、浮き沈みが激しいということだ。
「民主党に政権が変わって、六本木は不景気だ」という嬢やタクシーの運転手の声も耳にする。自民党とはちがって、クリーンなイメージを保とうとすれば、六本木で飲む回数は減る。それに、事業仕分けをしてしまえば、六本木で飲める人も減るというものだ。そんな状況の中で、夜の六本木で飲める人を確保したい、という思いが働いている。
銀座で働く嬢からの電話では、
「今日、何してるの?」
と決まって、「今日」とか「今夜」という言葉が入り、さらに、焦りまくっている様子が分かる口調で言われる。先の六本木の嬢と比べると、営業が下手なのか、それとも素直すぎるのだろうか? この嬢に冗談が通じない確率も高いし。
そんな時、歌舞伎町のキャバクラに3人で飲みに行くことにななった。客引きと顔見知りということで、深夜だというのに、「2時間で1万円」と根切り交渉を成功させる。さて、どんな譲渡の出会いがあるのか? と思っていたら、2年前に指名をしていて、この業界から足を洗ったはずの嬢が、気まずそうにやってきた。
「嫌だよね、変わろうか?」
せっかく久しぶりに会ったので、懐かしさもあり、思わず指名をしてしまう。昼の仕事は見つかったものの、収入がいいわけではない。そのためもあり、夜に舞い戻ってきたという。
景気に左右されている夜の街。そこで働く嬢たち。そんな彼女たちの、ある意味では欲望や本音が見える時、そこに人間味を感じてしまうのです。
<プロフィール>
渋井哲也(しぶい てつや)フリーライター。ノンフィクション作家。栃木県生まれ。若者の生きづらさ(自殺、自傷、依存など)をテーマに取材するほか、ケータイ・ネット利用、教育、サブカルチャー、性、風俗、キャバクラなどに関心を持つ。近刊に「実録・闇サイト事件簿」(幻冬舎新書)や「解決!学校クレーム “理不尽”保護者の実態と対応実践」(河出書房新社)。他に、「明日、自殺しませんか 男女7人ネット心中」(幻冬舎文庫)、「ウェブ恋愛」(ちくま新書)、「学校裏サイト」(晋遊舎新書)など。
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