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話題の1冊 著者インタビュー 平野啓一郎 「透明な迷宮」 新潮社 1500円(本体価格)

 −−今作を読んで、とても不思議な感覚に襲われたというのが素直な感想です。

 平野 前作『空白を満たしなさい』では、今の時代をどのように生きていけば良いかを「分人」というキーワードを通して描きました。このキーワードで、近代文学が追求してきたアイデンティティーなどの問題が、自分なりに一段落した気がしたんです。ただ世間に目を向けると、みんなちょっと現実に疲れているのではとも感じました。そこで少し物語の世界に浸って、つかの間の現実を忘れるような話を書きたいなと。とはいえ、どういう幻想や話を書こうかとなったとき、そのベースになったのはある種の現実感覚だったんです。
 また、今作の表紙は、窓辺で男女が裸で抱き合っているエドヴァルド・ムンクの「接吻」という絵なのですが、何があればそうやって男女が抱き合うシチュエーションになるのかなと考え、そこから物語が膨らんでいきました。

 −−現実感覚といえば、今の時代とにかく情報量も多いですし、みんな忙しい。でも、今作の帯には「ページを捲らずにいつまでも留まっていたくなる」小説と、ある意味真逆のことを追求されたように思います。

 平野 皆さんとにかく日常生活が忙しく、そのペースでページを捲らせようという小説が多い。「ページをどんどん捲りたくなる」といったうたい文句もありますよね。僕自身も『ドーン』という近未来小説では、情報量も多く、どんどんページを捲れるような作りにしてありますが。ただ、みんなが「ページを捲る手が止まらない」というのはちょっと怖い気がしてきたんですよ。例えば、リゾート地へ旅行したときのように、そこが居心地が良い場所であれば、帰りたくないなとか、この時間が終わってほしくないと思うじゃないですか。同じように本来、物語や小説は一つの世界ですから、読んでいて終わらないでほしいと思わせるような作品を目指すべきではないかと思っているんです。僕は昔からみんなと反対のことばかり言って生きてきましたから、みんながページを捲る手が止まらない作品を求めるなら、真逆の作品を書けたらなとも。

 −−文学というと、読者の中には敷居が高いと感じてしまう人もいると思います。

 平野 日常に満たされない人が軽い酩酊を求めて、お酒やエロチックなものに手を出すようなものとして読んでもらいたいですね。日常生活では、まず経験することのない、小説だから味わえるような体験を、物語を通して楽しんでいただければいいなと思います。
(聞き手:本多カツヒロ)

平野啓一郎(ひらの けいいちろう)
 1975年、愛知県生まれ、九州育ち。京都大学法学部卒。'98年『日蝕』でデビュー。'99年、同作が第120回芥川賞を受賞。

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