晴れの再上場に水を差す、そんな“打算劇”の舞台裏に何があったのか−−。
西武再生に向けてグループ再編に着手した'06年1月、約1600億円の大規模増資を実施した際、約1000億円を引き受けたのが米投資ファンドのサーベラスだった。機関投資家などから資金を預かって運用する投資ファンドである以上、投資マネーの回収に向けた「出口戦略」を描くのは当然である。ところが'12年10月、西武HDが東証に再上場を申請したのを機に、両社の関係は一気に険悪となった。
「サーベラスは、売り出し価格が安すぎるし、投資から得る収益を最大化するには時期尚早と申請の取り下げを要求し、両社の亀裂は決定的になった。それを踏まえてサーベラスは去年の春、西武にTOB(株式公開買い付け)を仕掛け、役員を送り込んで経営権を奪取しようと画策したのです」(市場関係者)
結果、32.44%だったサーベラスの保有比率は35.48%まで高まったものの、当初掲げた「最大44%」には及ばなかった。しかし重要議案に拒否権を行使できる3分の1以上を握ったことで「2014年6月の株主総会で委任状の争奪戦が勃発、西武が青い目の軍門に下りかねない」との観測が飛び交った。
それが新年早々、早期上場で双方が握手したのである。サーベラスの背中を押したのは「アベノミクスを機に日本市場が活況を呈したことで、出口戦略を描きやすくなったことだ」と複数のアナリストは口を揃える。株式再上場という目標では双方が一致していることから「西武が市場の流動性を高めるため、上場時に保有株の一部を売却するようサーベラスに要請、これを受け入れたことで上場に向けた交渉が進んだ」と情報筋は解説する。
西武とサーベラスの関係が急きょ好転したのを物語るエピソードがある。サーベラスは昨年、利用客の少ない路線の廃止や西武ライオンズ球団の売却など採算性の向上を唱えて西武HDをけん制した。それが再上場に大きく舵を切った途端、球団オーナーでもある後藤高志・西武HD社長は「ライオンズは西武グループのシンボル、売却ということはありません」と報道陣に強調した。サーベラスは再上場に伴い出口戦略をとる、だから今後は全く心配ないと胸を張ったのだ。
その陰に隠れているが、西武王国を解体に追い込んだ堤義明・前コクド会長(79)も、これで“みそぎ”を済ませた心境だろう。証券取引法違反に問われ、'05年10月に東京地裁で懲役2年6カ月、執行猶予4年の有罪判決を受けて刑は確定し、既に執行猶予期間も過ぎている。王国のドンとして君臨した時代と違い、西武HD株の15%を保有する第2位株主『NWコーポレーション』の筆頭株主の他、個人的に西武HD株を1%弱保有するだけだが、再上場とサーベラスの重しが取れることで「殿の血が騒ぐのではないか」と西武ウオッチャーは苦笑する。
みずほグループから送り込まれた後藤社長は堤氏の影響力を削ぐ施策を次々と打ち出したことから「関係悪化」が囁かれたが、実際は違うらしい。現に堤氏は一族が絡んだ民事訴訟の法廷で「あなたが西武グループ再編に応じたのは、後藤氏との間に利益供与の密約があったからではないか」と相手方の弁護士に斬り込まれている('08年7月)。義明氏は否定したが、異母兄弟サイドの質問だけに「後藤社長との関係悪化は、密約を隠すための偽装」と解説する向きは当時から少なくなかった。
昨年6月、堤氏は日本オリンピック委員会(JOC)の最高顧問に就任した。初代JOC会長を務め、1998年の長野冬季五輪を招致した実績などから、2020年の東京五輪招致に向け、その人脈を活用するためだった。
結果、「彼の人脈で少なくとも10票は確保できた」(情報筋)とされる。これでは「まだ隠居には早い」と持ち前のシャシャリ出癖がうずかないわけがない。
「再上場でサーベラスの厄介払いができれば影響力を行使できる。それを睨んで後藤社長に手打ちを急がせたとしても不思議じゃない。彼だって晩節を汚したまま引退したくないでしょう」(前出のウオッチャー)
急転直下の“手打ち”の裏には、往年のドンが絡む五輪特需への期待という面もありそうだ。