『脇役本 増補文庫版』濵田研吾 ちくま文庫 1200円(本体価格)
★バイプレーヤーの著書、関連書を一挙紹介
江東区の亀戸に住んでいた時分、自宅近くの錦糸公園で開かれるフリーマーケットで服を物色する天本英世を何度か見かけたことがある。常に黒いお釜帽にマント姿の何とも目を引くいでたちだったのがいまだに記憶に新しい。
晩年はもっぱらTⅤ『平成教育委員会』などバラエティー番組に出演していた彼だが、本業の俳優としては岡本喜八監督の映画で見せた数々の怪演ぶり、そして『仮面ライダー』の死神博士役で知られる正直、生涯脇役一筋の印象。しかし、プライベートではスペインを深く愛し、内戦で殺された詩人ガルシア・ロルカの作品を原語で朗誦するほど傾倒の果てに『スペイン巡礼』『スペイン回想』と充実の紀行文集を物していた。本書はそんな一見地味で渋いが、忘れ難いあの役者、この俳優が実はこんなコクのある本を書いていた…とこれでもかと教えてくれる、酒食に例えれば路地裏の銘店案内めいた興味津々の1冊だ。
『南の島に雪が降る』(加東大介)のごとき名優の手による文句なしの名著も無論紹介されるが、中には駄本・珍本・愚著・劣書と呼ぶほかない代物も相当な量。
とはいえそれすら全体的にいとおしむかのような著者の姿勢が素晴らしい。それにつけても東映のヤクザ映画じゃ大抵悪玉の親分、さもなくば冷酷な大企業のドンか政界の黒幕ばかり引き受けていた観の内田朝雄が、まさか熱心な宮沢賢治の研究家だったとは。
さらに往年の『クイズタイムショック』で必ず3問以下の正解しか出せず、椅子を回転させられ奇声を上げていた大泉滉。自分の糞尿で野菜を育てていたのは風の便りで知っていたが、『ぼく野菜人』なる指南書に加え『ポコチン男爵おんな探検記』と題した自伝(!)まであるとか。欲しい。
(居島一平/芸人)
【昇天の1冊】
低視聴率ばかりがヤリ玉に挙げられるNHK大河ドラマ『いだてん』だが、日本スポーツ界に功績のあった人物に光を当てたストーリーは見応えがある。その人物の1人が、日本女子アスリートの先駆けともいえる天才・人見絹枝。その人見の生涯をたどった伝記が、『不滅のランナー人見絹枝』(右文書院/1500円+税)だ。
人見は日本人女性初のオリンピック・メダリストとなった選手。時は昭和3年(1928)、場所はオランダのアムステルダム。種目は800メートル、銀メダルだった。100メートルの優勝候補と目されていたが惨敗。800メートルは未経験の種目だったが、出場し2位に食い込んだ。正真正銘の天才ランナーだった。
だが、メダル以上に注目される点は、女子スポーツの普及に文字通り粉骨砕身、身を捧げた生涯にある。身長170センチと、当時の女性にあって並外れた背の高さと身体能力を持った人見は、「男のようだ」と揶揄されることも多かったという。
実際の人見は優れた教養を持ち、女性らしいキメ細かな気配りもできた人だったが、「女がスポーツなんて…」と偏見に満ちた大正〜昭和初期の社会において、悩む日々だったことが、この本につづられている。
そして、スポーツ普及のための激務のなか、24歳という若さで短い生涯を閉じた。先駆者としての苦労と葛藤を抱えつつも、優しさと強さ、たくましさを失わなかった日本人女性の生き方が、感動となって伝わってくる1冊だ。来年の東京五輪を前に彼女の功績を再認識したい。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)
【昇天の1冊】著者インタビュー 河合雅司
未来の地図帳 人口減少日本で各地に起きること 講談社新書 860円(本体価格)
★もはや47都道府県は維持できないだろう
――人口減少には“地域差”があるそうですね。
河合 人口減少は一律に進むわけではありません。2015年と2045年を都道府県で比較しますと、秋田県では4割以上人口が減ります。一方で、東京都は1360万人余りに微増します。人口が減っていく鳥取県は45万人弱、高知県は50万人弱となり、その差は30倍にも広がると予測されています。もはや47都道府県は維持できないでしょう。
また、同一都道府県内でも差は広がります。例えば東京都の場合、足立区、葛飾区、江戸川区や郊外の多摩地区では人口が減って行きますが、都心3区(千代田区、中央区、港区)は2045年の人口が2015年の1.3倍増となります。
――では、将来は東京や大阪など大都市圏に人口が集中していくのでしょうか?
河合 東京圏への一極集中は当面続く見込みではありますが、2030年には人口のピークアウトを迎えます。一方、大阪市を含む関西圏はすでに人口が減り始めており、2045年頃には現在よりも2割近くも減る見通しです。
興味深いのは、地方の政令指定都市や県庁所在地などです。人口は減るのですが、県内の各地から人が集まるため、減少スピードそのものはゆっくり進む傾向にあります。
――地方都市でも人口が増える地域はあるのでしょうか?
河合 若い女性の流入が続いている福岡市の場合、2045年の人口は7.5%増と予測されています。タワーマンションが増えた川崎市や、都心への通勤・通学が便利なさいたま市も人口が増えます。子育て世帯が増えている大都市の周辺自治体でも人口が増えるところが見られます。
一方、同じ政令指定都市でも北九州市は2割程減りますし、奈良県川上村などでは8割近くも減る見通しで、今後は自治体によってかなり人口の変化の違いが目立ってくるでしょうね。
――人口が減少する将来に備えて、今すべきことはありますか?
河合 自治体の枠組みにとらわれず、もっと小さな規模で自己完結できるコミュニティーを整備することです。今後、勤労世代が減ることを考えれば、コンパクトでスマートな社会を実現するしかありません。そして、コミュニティーごとに住む人々が豊かに暮らすのに十分な収入を得られる産業を創生するのです。
コミュニティーづくりで何より大切なのは、住民が助け合う仕組みを確立することです。人口減少社会ではすべての世代が安心して暮らせるよう、お互いの思いやりが求められます。
(聞き手/程原ケン)
河合雅司(かわい まさし)
1963年、名古屋市生まれの作家・ジャーナリスト。人口減少対策総合研究所理事長、高知大学客員教授、大正大学客員教授のほか、日本医師会総合政策研究機構客員研究員、産経新聞社客員論説委員、厚労省や農水省などの有識者会議委員も務める。