本誌が10月31日号で『背水の三菱、日産へ身売り五つの根拠』と報じたように、日産・ルノー連合と三菱自動車が濃密な提携関係の検討に入ったとプレス発表した11月5日、株式市場に冒頭のような観測が駆け巡った。世界の自動車産業はグループ化が加速する中、強力な後ろ盾を持たないスズキとマツダには、巨大外資の不気味な思惑が見え隠れするためだ。
スズキと独フォルクスワーゲン(VW)は2009年12月に資本・業務提携し、VWが発行済み株式の19.9%を取得した。提携の旗振り役を務めたのはオーナー一族の鈴木修会長兼社長だった。ところが「VWが決算報告書にスズキをグループ会社と記載したのを機に両社の関係がギクシャク」(関係者)した揚げ句、乗っ取りを警戒したスズキが'11年11月にVWの持つスズキ株の返還と提携解消を求めて国際仲裁裁判所に調停を申請し、現在仲裁が進行中。長期に及んだ訴訟は「年内もしくは来年早々に結論が出る」(同)ようだ。
果たして吉と出るか、凶と出るか。スズキが気を揉むさなかの9月6日、VWの母国である独経済紙が「フェルディナント・ピエヒ監査役会長(76)が健康問題を理由に数カ月以内に辞任する」と報道した。ピエヒ会長はスズキとの提携をまとめた実力者。本人は別の媒体で報道を即座に否定したが、これを額面通りに受け取る向きは少数派だ。気の早い退陣表明は権力基盤の崩壊に直結する。だから辞任表明は土壇場で行うのが鉄則なのだ。
しかし、たとえピエヒ会長が辞任したところでスズキが勝訴する保証はない。実力会長の去就と裁判は本来、別問題である。それどころか、もしスズキが勝訴した場合、厄介な問題が浮上する。
VWは保有するスズキ株を売却する。スズキが自社株買いできればベストだが、証券アナリストは「敵対関係になったVWが第三者に売却する公算が大きい。そうなったら今度こそ乗っ取り騒動に発展する」と指摘する。逆に、スズキが敗訴した場合はVWが一気に株を買い増し、これまた経営権奪取に大手がかかる。一難去って、また一難。どちらに転んでも厳しい前途が待っている。
「そのスズキに食指を動かしている自動車会社の中でも、がぜん目が離せないのはイタリアのフィアットです」と、海外のM&Aに詳しい関係者は打ち明ける。
フィアットは'09年に米ビッグ3の一角だったクライスラーに出資、2年前に子会社に組み込むなど極めて野心的な会社として知られる。そのフィアットがスズキに興味津々な理由は何か。関係者が続ける。
「フィアットにとってVWは欧州での最大のライバルです。そこでVWとスズキが訴訟に発展したころからライバル蹴落としの一環としてスズキに接近を図った。フィアットがスズキと小型SUV(多目的スポーツ車)を共同開発し、ディーゼルエンジンを供給してきたのもツバつけ作戦にほかなりません」(情報筋)
実はフィアットが舌なめずりしているのは何もスズキだけではない。今年の1月、マツダはフィアット傘下の『アルファロメオ』向けにスポーツ車のOEM供給で提携した。フィアットのラブコールに応えた提携にほかならず、かねてセルジオ・マルキオンネCEOは「宿敵のVWに対抗するため、スズキやマツダなど日本メーカーと関係を強化する必要がある」と公言してはばからない。
マツダOBによると、マツダとの交渉の際にマルキオンネCEOは資本参加に強い意欲を示したが、マツダ側が「やんわりと断った」とされる。OBが続ける。
「マツダは社長まで送り込んだ米フォードとの関係が事実上消滅している。現在はトヨタからハイブリッド技術を供与されているとはいえ、強力な後ろ盾になっていないし、そもそもトヨタにはマツダと心中する気などサラサラない。だからこそマルキオンネCEOが提携強化を口実にテイのいい乗っ取りを画策している。あわよくば、マツダ経由でトヨタが誇るHV技術の真髄を取り込もうとの魂胆ですから」
昨年初めまでフィアットはグループの世界販売600万台の目標を掲げていた。欧州危機で500万台に下方修正したが、だからこそ屈辱を晴らすため企業買収にシャカリキになる可能性も取り沙汰されている。
むろん、スズキに“絶縁状”を叩きつけられたVWの次の手からも目が離せず、前出のM&Aに詳しい関係者は「中国勢が不気味。国策として株式の高値買い取りを提案しないとも限らない」と警告する。
VWの“倍返し”とフィアットの“横恋慕”−−。
標的にされたスズキ、マツダには悩ましい年の瀬だ。