最前列の左に座っていて助かった女性は、出発前にシートベルトが壊れているから直してくれるよう河野容疑者に告げたが、「運転中、締めている人なんていませんよ」と眠そうな声で返されたという。河野容疑者が出発直後から頻繁に急ブレーキをかけ、カーナビにばかり目をやっている姿を不審に思う乗客もいた。
加えてバスは、ツアーを企画した旅行会社が指定した上信越道とは異なるルートで東京方面に向かっていた。上信越道を走って浦安まで行くと510キロ。しかし、関越自動車道を走ると545キロ。この35キロの差は非常に大きいと関係者は指摘する。
「河野容疑者はうとうとしていたため、指定されていた上信越道を通り過ぎてしまった可能性もある。会社が指定したルートとは違うルートを辿っていることに焦りもあったのでしょう」(社会部記者)
それでも、まだ居眠りを繰り返したわけだ。体が言うことをきかない状態だったのである。
「トイレ休憩のたびにアナウンスするんですが、眠いのか、何を言っているのかほとんど聞き取れなかった」
という乗客の証言もあるほどだ。
事故に遭ったツアーは、大阪の旅行会社、ハーヴェストホールディングスが「ハーベストライナー」の名でネットで募集したツアー。片道3500円で金沢-東京ディズニーランドを結ぶとあって、募集するとすぐに満席になった。
「高速バスには2つの形態があり、バス会社が国交省に路線の認可を受け、距離、時間などの運行計画を国に届ける高速路線バスと、認可も届け出も必要ない高速ツアーバスがある。規制緩和もあって、最近は高速ツアーバスが主流です。ツアーバスは旅行会社がネットで激安旅行の客を募集し、貸し切りバス会社に破格の価格で委託する。金沢−浦安が3500円ですから、在来と新幹線を乗り継ぐ電車に比べ6000円近く安い。人気が出るわけです」(旅行雑誌記者)
業界内では熾烈な値引き競争が繰り広げられている。旅行会社は新幹線や飛行機と比べ、とにかくお得感を出さなくては生き残れないため、東京−大阪が片道2000円のツアーも出ている。
今回においては問題がまだある。河野容疑者は元中国人で、'93年に来日、'94年に日本国籍を取得したという。中国残留孤児の家族という情報もある。千葉市内に住み、バス運転手であると同時に旅行会社も手掛けていると周囲に話していた。
前出の社会部記者が言う。
「河野容疑者は陸援隊の社員運転手ではなく、仕事がある時だけの日雇い契約でした。これは国交省の運輸規則に違反する行為。しかも、河野容疑者は個人でバスを所有し、これを『陸援隊』の名義にして、普段から中国人観光客をネットで集めてツアー客を運んでいた。つまり、白タクならぬ白バスを営業していたわけです。『陸援隊』はそれに加担していただけではなく、日雇いの仕事をさせる際に健康面もノーチェックというザル管理でした」
客の命を預かる商売としては、あまりに雑な運営。激安価格のバスツアーは全てこうなのか? とも疑いたくなる。陸援隊の針生社長は、「申し訳ない気持ちでいっぱいだ」と話すが、死傷者45人への今後の補償も気掛かりだ。
一方、会見に応じたハーヴェスト社の幹部は、「申し訳ない」としながらも「法令上の問題はない」と責任を回避。しかし国交省関係者は、「旅行業者がバス事業者に無理な運行計画を強要する場合もある。決して責任がないとはいえない」と言う。
いくらデフレの時代とはいえ、安全を軽んじたこうしたビジネスを今後存続させていいのか。殺人ツアーバスによる7人の死を無駄にしてはならない。