そのネズミが地中に世界を作っているという伝承がある。俗にいう『鼠の浄土』である。別称で『鼠浄土』『団子浄土』などとも呼ばれており、近年では『おむすびころりん』という昔話で広く知られるようになった。
この「ネズミの世界」という概念が文献で出て来るのは、室町時代に成立した絵草子『鼠の草子』であると推測される。この物語では、京都四条堀川に住む古ネズミの権頭(ごんのかみ)が人間に憧れ、人間と偽って人間の姫君と結婚するのだが、正体を見破られ、最後は出家するというストーリー展開である。
これは昔話の『鼠の嫁入り』と同様に、ネズミの世界と人間界の交流、種を超えた婚姻『異類婚姻譚』を意味している。因みに『鼠の嫁入り』では、ネズミの夫婦が箱入り娘に最高の婿を取ろうとして奮闘し、太陽や雲、風、壁と次々に訪ねるが、結局はネズミの婿を選ぶという展開である。どうも、ネズミの世界の住民は、人間界や他の世界に憧れがあるようだ。
そもそも言語から判断して、ネズミは「根の国の住人」(根ずみ、根住み、ちなみに根の国とは死者や地下の国)と解釈されており、ネズミを神仏・異界の使いと見る傾向が我が国にはあり、更には富をもたらす“招福的役割を果たす存在”と解釈する概念もある。
我々の中で一番メジャーな『鼠浄土』は、やはり『おむすびころりん』である。このネズミが幸福をもたらすという概念は、ネズミが出る家はそれなりに、食料など蓄財が無いといけないという現実的な側面があると思われるが、それ以上に、“座敷わらしはネズミの古い個体が化けたもの”という伝承があり、かなり興味深い。
また、米倉や屋敷などにあるネズミの巣穴は、異界への入口、黄泉の国への入口、浄土への入り口と言い伝えられる地方がある。壁という空間を遮断している物体に穴を開け、床・壁・屋根と自由自在に移動するネズミは、異界への出入り口を開ける存在だと解釈されたのであろう。
これらネズミの世界は地下にあるという。その世界に関しては幾つか興味深い伝承がある。『郷土研究3巻7号 国々の言い習はし(10)』(逸木盛照 郷土研究社 1915年)によると、夜に畳の上で手毬をつくとネズミが怒って荒れるとされた。
また、『伝承5号 私は鼠におされている』(村田正夫 山陰民俗学会 S35年9月1日)によると、昭和25年3月下旬午前8時頃、寝ていた人物が何者かに足を踏まれた。死に誘われたような気がした。このような現象を「ネズミにおされる」というようだ。つまり、ネズミの世界は地下にあり、その世界は死の世界に近いという。
なお、南方では『鼠浄土』は海上、或いは海の向こうにあるという概念もあるようだ。奄美大島では、ネズミは神様の一種として解釈されており、ニライカナイという海の向こうにある世界からやってきたテルコ神の使いだと言われている。
さらに『団子浄土』は、人間が接触する異界の住民が、ネズミから鬼に代わるバージョンがあり、こうなると『瘤取り爺さん』に話が変容する。
このように我々は、人間の生活に縁の深い動物・ネズミに、“招福的役割”、“神の使い”という設定を課し、ネズミの穴を見ることで、“異界への通路”を連想した。そして、ネズミたちが暮らす国を“海の向こうのニライカナイ”、“地下の世界”と夢想し、その世界に行き、幸せになることを妄想したのだ。
(山口敏太郎)