牛丼店『すき家』を傘下に持つゼンショーホールディングス(HD)が、相次いで新戦略を打ち出した。業界関係者は「これぞ、ライバル撃墜策。ついにサバイバル競争の第二幕が始まった」と打ち明ける。
ゼンショーHDは2月末、すき家の牛丼を4月1日から値下げすると発表した。消費税引き上げのタイミングを逆手に取った発想で、現在280円の並盛りを270円に引き下げる。280円で足並みを揃えていたライバル吉野家と松屋に対し、安さをアピールすることで固定客を一気に奪い取ろうとの作戦だ。
これに吉野家、松屋がどう対応するか現時点では不確定だが、もし追随するようだと「不毛な体力の消耗戦」と揶揄されてきた値下げ競争の悪夢復活だ。
これを象徴するのは、吉野家が昨年4月に仕掛けた牛丼並盛り380円を280円に引き下げた“価格破壊”である。確かに客数は増えた反面、円安による原料高から収益構造が悪化し、昨年10月には今年2月期の連結営業利益を前期比15%減の16億円に下方修正した。
激闘を演じてきた業界トップのすき家を擁するゼンショーHDもボディーブローがこたえ、今年3月期の営業利益は前期比43%減の83億円の見通し。ただし、これは買収した食品スーパー、回転寿司店など傘下企業のトータルで、すき家に限っていうと今年1月まで実に29カ月にわたって売上高の前年割れが続き、2月にやっとトンネルから脱出したばかり。これには後述する事情があり、松屋を含めて“自らがまいた種”とはいえ、牛丼各社は厳しい生存競争に明け暮れてきたのが実情だ。
ゼンショーHDが仕掛けたのは牛丼の値下げ作戦だけではない。2月14日からはすき家で「牛すき鍋定食」を開始した。ライバルの吉野家が昨年12月に580円の「牛すき鍋膳」を投入し、これが好評だったことから、ゼンショーHDが価格も同じ580円で模倣したのだ。
まだ正確な数字は公表されていないが、2月の既存店売上高が前年同月に比べて約4%増えたように、出足は「すこぶる軽快。吉野家が鍋投入で前年比14〜15%伸びた。これと肩を並べる勢い」(証券アナリスト)とあって、客単価の大幅アップが業績に貢献するのは間違いない。アナリストが続ける。
「すき家は店舗数で吉野家を800店近く上回る。それが値下げ(牛丼)と高額商品(牛すき鍋)を武器に真っ向から挑戦状を突きつけた。今や業界2番手に追い込まれた吉野家は、これをどうクリアするか悩ましい問題です。とりわけ“脱デフレ”の切り札と期待した牛すき鍋では、すき家がこれほど早く投入してくるとは想定していなかったフシがある。それだけにショックは隠せません」
そのゼンショーHDが“二の矢”を用意している。これまた2月末に発表した公募増資による最大で約302億円の資金調達である。
同社はこれまで二度の増資を行っているが、今回の調達額は従来の倍以上。これだけの大枚を調達すれば、発行済み株式が最大で23%増える。その分、1株利益が希薄化するため、これを嫌って同社株は一時、前日比10%安まで売り込まれた。
「売り主体となった個人投資家は株取引の教科書を信じたのでしょうが、後々ホゾをかむかも知れません。それほど野心的なシナリオなのです」(大手証券投資情報部長)
ゼンショーHDは調達マネーを新規出店に充てる。重点的に投入するのが回転寿司チェーンの『はま寿司』だという。1店舗当たりの開業費用は約1億円と、すき家の倍以上だが、客単価は2000円前後で牛丼を大きく上回る上、家族連れの利用などファストフード業界でも今後の成長が見込めるのも魅力的だ。大手証券の投資情報部長が続ける。
「小川賢太郎社長は『今後3年間でM&Aに1000億円投入する』と公言している。その先陣を切るのが回転寿司へのトラトラ出店でしょう。現に2年後には現在の5割増しの450店を出店する計画を打ち出している。黒字確保に汲々としてきた牛丼と違って、こちらは利益率が高い。その儲けを吉野家とのガチンコ勝負、つまりは“牛丼最終戦争”に注ぎ込んだらどうなるか。考えただけで空恐ろしい限りです」
吉野家HD、松屋フーズとてゼンショーHDの秘めた野心は先刻承知している。だからこそ、「どう迎え撃つか」と市場の関心は高まるばかりだ。とりわけ吉野家HDは傘下に讃岐うどんチェーン『はなまるうどん』があるとはいえ、牛丼にこだわりがあり、熱烈なファンもいる。
これまで値下げによる体力競争にウツツを抜かしてきた牛丼業界は、デフレ脱却の足音とともに、戦略=頭脳勝負の時代に突入したようだ。