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イチロー メジャー通算3000本安打の原点 〜スポーツジャーナリスト・友成那智〜

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提供:週刊実話

 イチロー(42)のメジャー3000本安打達成は米国でも大きく報じられた。
 記事で目についたのは、この快挙をバットと関連付けて報じているものが多かったことだ。
 地元マイアミの最有力紙『マイアミ・ヘラルド』はイチローがバットを湿気や過乾燥から守るため、バットをジュラルミンのケースに入れて持ち運びしていることを紹介。『ニューヨーク・タイムズ』は、「イチローはバットを、ストラディバリウスのバイオリンのように大切に扱っている」と書いた。
 こうした記事が次々に出たため、イチローのバットは今やメジャーで最も存在感のあるバットになったといっても過言ではない。

 イチローはバットを他の選手の何倍も大切に扱っているが、バットの方も、一人三役をこなしてイチローの3000本安打達成に多大な貢献をした。
 バットは投手が投げたボールを打つ道具として使われるだけ、一人一役が通常である。ところが、イチローはそれだけに限定せず、「三振を回避する道具」としてもフルに活用している。
 イチローがめったに三振をしないのは、追い込まれても、ストライクかボールか判断の難しい投球にちょこんとバットを出して、ファウルに逃げる技術があるからだ。

 オリックス時代、イチローはこれをあまりやらなかった。しかし、メジャーに来てからは、盛んにやるようになっている。
 「日本ではピッチャーの球速が遅いので、カットしようとファウルにならずフェアゾーンに飛んで、凡ゴロになってしまう。しかしメジャーは、ピッチャーの平均球速が日本より5キロくらい速いので、カット狙いでバットを出すと確実にファウルにできるのです。だからイチローは、カットの技術をフルに活用するようになりました」(元オリックス番の全国紙記者)

 もし、イチローにこの技術がなければ、通算の三振数は1021ではなく2000前後になっていただろう。通算の三振数が1000増えると通算のヒットは250前後減ると考えられるので、3000本安打達成は見果てぬ夢に終わったはずだ。
 カットで三振を回避することは、一見、せこいテクニックに見えるかもしれない。だが通算安打数を増やす上で、大きな役割を担っていたのだ。

 イチローのバットは「バントヒット製造機」という役割も担っている。
 米国では毎年8月になると老舗の『ベースボール・アメリカ』誌が監督アンケートの結果を発表する。その中には『ベスト・バンター』という項目もあり、2001年から'10年まではイチローが1位ないし2位に選ばれていた。
 イチローが監督たちからバントの名手という評価を受けていたのは、送りバントがうまいだけでなく、バントヒットの成功率が際立って高かったからだ。イチローのメジャー16年間のバントヒット成功率は45.7%という高確率で75回も成功させている。
 この75個は3000本安打の2.5%を占めるだけだが、あるとないとでは大違いの数字だ。仮になければ、今季中の3000本安打達成は不可能だった。

 この一人三役をこなすイチローのバットは、今年で23歳になる。
 誕生したのはイチローがオリックスに入団して2年目の1993年のことだ。
 それまでイチローは元巨人の篠塚(和典)モデルのバットを使用していた。だが、ヘッドの部分がやや重いと感じており、先輩の小川博文内野手(現DeNA打撃コーチ)がミズノの養老工場に行く際、同行してバットの名工久保田五十一さんにそのことを相談した。
 それを聞いた久保田さんは、
 「それを解決する方法は二つあります。一つは、重い木を使ってヘッドの部分を少し細くするやり方です。もう一つは、軽い木を使って根元の方を少し太くするやり方です」
 と述べた上で、イチローにどちらを選択するか決めるように言った。
 そう言われても、当時のイチローは答えに自信がなかったので、
 「久保田さんなら、どちらを選びますか?」
 と尋ねた。すると間髪をおかず、久保田さんが、
 「ぼくなら重い木を使ってヘッドの部分を少し細くする方を選びます」
 と断言したので、イチローはそれに従った。

 久保田さんはさっそく篠塚モデルのヘッドを0.5ミリだけ削ってイチローに手渡した。直径61.05ミリを60.55ミリにしただけだが、振ってみるとヘッドの重い感じが消え、抜けやすくなっていた。
 こうして篠塚モデルに少し改良を加えたものが、イチローモデルになった。
 それ以降、イチローは今日に至るまでバットの基本形を変えていない。

 では、ほかにイチローのバットには、どんな特徴があるのだろう?
 筆者は2008年に取材でミズノの養老工場を訪れた際、製作者の久保田五十一さんにそのことを尋ねたことがある。
 久保田さんから頂いた答えを要約すると、以下のようになる。
●スイートエリア(打芯)が狭い。
●スイートエリアが先端の方にある。
●細いので内角の速球に差し込まれると折れやすくなる。
●アオダモで作っているのでバットのしなりが大きい。
 このような特徴のあるバットは、狭いスイートエリアで打球を捉えると驚くほどいい当たりが出るが、ちょっとでもスイートエリアを外すとボテボテの当たりしか出ないので、素人には使いこなせない。しかし、バットコントロールに長けたイチローは、苦もなく使いこなし、大きな武器にしていった。

 このように、同じ形状のバットを使い続けているイチローだが、重量や木の種類は必要に応じて変えている。特にメジャーに移った際は、外国人投手の速いボールに対応するため900〜915グラムあったバットの重量を880〜900グラムに下げ、使用木もアオダモからホワイトアッシュに変えた。
 さらにバットの色もナチュラルカラーから黒にしている。
 しかし、ホワイトアッシュを使ったのは1年だけで、翌'02年にはアオダモに戻している。
 再度、ホワイトアッシュに変更したのは'15年のことだ。これはイチローの好みで行った変更ではなく、アオダモの乱伐で資源が枯渇したのが原因だった。それでもアオダモへの愛着は断ちがたいようで、バットのストックがあったため打撃練習では引き続きアオダモを使って、外野席にライナー性の大飛球を放り込んでいる。

 最後にイチローとピート・ローズとの比較を少し行って、この記事を締めくくりたい。
 イチローとローズはどちらも球史に残る安打製造機だ。そして、ともにミズノの久保田五十一さんが製作したバットを使用していたことで知られるが、使用しているバットは天と地ほども違いがあった。
 ローズが使っていたバットはタイ・カッブ・モデルで、グリップが太く、スイートエリアも広かった。そのため水平にスイングするとヒットが出やすく、素人でも十分使いこなすことができる。それに対しイチローのバットは、グリップが細く、スイートエリアが狭かった。そのため素人にはとても使いこなせない難易度の高いバットである。

 しかし、最も大きな相違点は、バットに対する姿勢にあった。
 イチローはバットを自分の体の一部のように大切に扱ったが、ローズはバットを平気でインチキの道具に使った。'85年、ローズはタイカッブの通算4191安打に迫っていたが、すでに44歳になりヒットが簡単に出なくなっていたため、コルクバットでヒットを打つことを企み、工具を使ってミズノ製のバットの中にコルクを埋め込んだのだ。
 中にコルクが埋め込まれたバットはヘッドが軽くなるだけでなく、バットの反発力も増すので長打が出やすくなると言われている。ローズが、このミズノのバットをくり抜いて作ったコルクバットで何本ヒットを稼いだかは定かではない。用が済んだあと、きちんと処分していれば、知られることもなかっただろう。
 しかし、当時のローズは賭博で作った借金で首が回らなくなっており、試合で使ったバットを高値で買ってくれる収集家に売っては、バクチの資金を得ていた。注意力が散漫になっていたローズは、コルクを仕込んだバットまで売ってしまったため、買い主はバットの中に細工した痕跡があることを発見。X線でバットの中にコルクが入っていることが明らかになった。
 ローズはこんな涙ぐましいインチキまでしてカッブの4191本を超えたのだ。

 こんな人間に、イチローの日米通算4256安打を小バカにする権利があるのだろうか?
 答えは聞くまでもあるまい。

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