阿藤さんは「背中が痛い」と訴えて病院に搬送されたが、大動脈に出来た瘤の破裂によって胸腔内に血液が流れ込み、そのまま帰らぬ人となった。倒れる直前までドラマに出演するなど元気な姿をみせていたというから、まさに突然死だった。
一方の大杉漣さんも、テレビドラマの撮影に参加、その後、共演者らとホテルに戻って飲食し、自室に戻ってまもなく激しい腹痛を訴えた。共演者に付き添われ直ちに病院へタクシーで向かったが、3〜4時間後に急逝、帰らぬ人となった。名脇役として脂の乗り切った年齢での突然死に、多くの人が衝撃を受けた。
大杉さんを襲った急性心不全とは、簡単に言うと、急に心臓が動かなくなった状態を指す。心臓が止まる原因は、心臓そのもの、あるいは大動脈などの心臓以外の循環器に異常が発生したためであることが多い。
阿藤さんも大杉さんも「背中痛」や「腹痛」を激しく訴えた事で、救急外来に早めにアクセスできたにもかかわらず、「腹部大動脈瘤破裂」で亡くなったと推測されている。
東京ベイ・浦安市川医療センターの渡辺弘之医師が、この病気の恐ろしさを語ってくれた。
「腹部大動脈瘤は、破裂してから病院に向かうと、到着するまでに約半数の人が亡くなります。亡くならずに病院にたどり着いたとしても、さらに半数の人が病院で亡くなります」
つまり破裂したら、助かる確率は25%しかないとうことだ。大動脈は身体の真ん中を通る最も太い動脈で、心臓上部から出て下腹部に至る、直径2センチほどのホース状の血管だ。この太い血管にできた瘤が大動脈瘤だ。
瘤は大動脈のどこにでもできるが、足に向かって二股に分かれる手前の腹部に出来ることが多い。瘤はでき方によっては、3つのタイプがあるが、これらのどれもが、破裂した血管の外側に血液がじわじわ漏れていく可能性があり、突然死の危険度が跳ね上がる。
しかも恐ろしいことに、大動脈瘤は発見が難しいという。瘤を持っている本人に自覚症状はほぼなく、企業や自治体で実施される健康診断では分からない。運よく発見されるのは、他の病気で超音波検査(エコー)をしたときや、腹部であれば触診をしたときに分かることが多いという。
「瘤が直径35ミリを超えると、触診で分かる確率は上がります。狭心症や心筋梗塞との合併症も高いので、それらの病気を持つ人は、一度は主治医にしっかりと診ていただくのがいいでしょう」(医療関係者)
いずれにしても、大動脈は心臓から出ている太い血管で、高い圧力で全身に血液を送っている。そのため破裂すると大量出血となり、脳、脊髄、肝臓、腎臓など重要臓器への血流に障害が出る。破裂した場合の致死率は80〜90%にも上ると言われている。
「大動脈瘤で命を落とさないためには、とにかく破裂を避けることです」と語るのは、東邦医大医療センター大橋病院循環器内科・佐々木康生医師だ。
「大動脈瘤は、いったんできると縮小しません。大きくならないようにするしかない。だから、早期発見がカギになる。大動脈瘤が神経を圧迫し、声がかすれるなどの症状が出ることもあるが、それはまれで、ほとんどが無症状です。患者さんの多くは別な検査時に偶発的に大動脈瘤が見つかっています。声がかすれるなど、『いつもと違う症状』があれば、病院で原因を調べることが大切です。さらに、他の疾患のリスクも高くなる50歳以降に大動脈瘤が増えることを考えると、健康診断や人間ドックなどの検査を定期的に受けることが重要になります」
大動脈瘤の危険因子とは?
最適の検査はCTやMRIだと言われる。大動脈瘤がある人は、血圧や悪玉コレステロール値が高い人が多く、どちらも高い人はより注意が求められる。
次に、重要な大動脈瘤の治療には、血管にカテーテル(細い管)を挿入して人工血管を患部に装着する「ステントグラフト内抽入術」と、外科手術で人工血管を縫い付けて埋め込む「人工血管置換術」がある。
「人工血管置換術」は瘤のある位置を開いて留置、血液が瘤に流れるのを防ぎ、破裂するのを防ぐという治療法だ。
開腹手術は、腹の正面あるいは横から皮膚を20㌢ほど切開し、金属のない人工血管と置き換える。
「近年は進歩が目覚ましく、低侵襲で回復の早い血管内治療が多く行われていますが、ステントグラフトの形やサイズが不適合の場合は、お腹を切る手術のほうがいい場合もあります」(佐々木医師)
大動脈瘤は破裂してからのリスクが極めて高いので、思い当たる危険因子がある人は、検査や外科的治療で積極的に手を打つことが大事だ。
大動脈瘤の危険因子は、主に次の4つとされる。これらに当てはまる人は積極的に検査を受けて欲しいと関係者は言う。
(1)60歳以上の人。(2)高血圧の人。(3)喫煙者の人。(4)家族歴(血縁者の関連疾病に関する病歴)
大杉さん場合、かつてはヘビースモーカーだったが、「10年以上前にタバコはやめていた」と周囲の人は語っている。実は男性であることも危険因子の一つと言う専門家もいるが、最近の調査では80歳以上の女性も高いリスクを持っていることが分かった。
社会医学研究センターの村上剛理事はこう語る。
「私たちが調べたところによると、60代男性の有病率は1.6%、70代は5.7%、80代以上は9.2%と年齢が上がるにつれて正比例的に上昇します。女性も70代1.3%とゆるやかに上昇しますが、80代になりますと5.7%と急上昇します。そのため男女ともに高齢になったらリスクが上昇するという事を知っておいてください」
さらに喫煙と血圧の管理は、大動脈瘤抑制のためには必須だという。
「リスク因子がある人は、胸のレントゲン撮影では正面と側面の2方向にしてもらったり、心臓超音波、CT検査などを受けるようにしてもらいたい」(村上氏)
たかが「背中痛や腹痛」と放置せず、病院へ検査に行こう。