まず、こんな一例を紹介しよう。埼玉県に住む会社員のTさん(49)は、20代の頃から肩凝りがひどく、半分慣れきっていたところもあった。しかしある日、電車に乗るため駅の階段を駆け上がると、左肩が強く痛んだという。
残業続きだったこともあり、Tさんは「疲れが溜まっただけ。運動不足もあるかもしれない」ぐらいに思っていた。その後も何度か左肩が痛む時があったが、とくに気にせずにいた。しかし3カ月後、Tさんは心筋梗塞を起こしたのだ。
胸の辺りが痛むようなサインが出たわけではないが、専門医には「放散痛」という説明を受けた。つまり、心臓とはかけ離れた部位に肩凝りの症状が出たというわけだ。
厚生中央病院循環器内科の担当医は説明する。
「内臓には、さまざまな神経系統があります。痛みはそこを伝わって生じるので、思わぬ場所に現れることが少なくないのです」
心筋梗塞の前兆は、狭心症である。Tさんのように、階段を駆け上がるような、ちょっとした動作でも症状が表れるわけだが、本来は胸の中心部辺りに痛みが出るものが、違うところに出ていた。
「狭心症の場合、左肩や顎などに痛みが出て、心筋梗塞の前兆とも言われます。典型的な訴えは前胸部の真ん中あたりに圧迫感、焼けるような痛み、締め付けられるような感じを受けます。いずれも胸の周辺で異常を感じるものですが、肩や顎あたりの痛みだと、肩凝りや歯痛と勘違いするケースが少なくありません」(循環器内科担当医)
狭心症は、高血圧、喫煙者、肥満の人にリスクが高いといわれ、少なくともそれらに該当するなら、左肩の肩凝り、左側の歯痛が起きた場合は要注意。しかし、狭心症の症状は長く続かない。せいぜい数分から20〜30分で症状は消えるが、厄介なのは歩行や階段の上り下りなど負荷の掛かる運動によって、何度も症状が表れることだ。こういった時には、循環器内科の受診をする必要があるという。
また冒頭で記したように、不安定狭心症や心筋梗塞、心臓突然死などの病は「急性冠症候群」の総称で呼ばれる。病名が違っても原因が同じであれば対策も同じというわけだが、その理由はどこにあるのか。
「この急性冠症候群は、全ての人にリスクがあり、とくに加齢とともに高まります。さらに喫煙者に加えて、糖尿病や高血圧、脂質異常症の病気を持っている人はリスクがより高い。加齢で誰もが血管が老い、プラークや血栓ができやすくなります。ですから、喫煙などの要因がゼロでも、リスクはゼロではありません」(前出・循環器科担当医)