『検事の本懐』(柚月裕子/宝島社文庫 690円)
今年1月に第15回大藪春彦賞を受賞した連作短篇集である。タイトルからわかる通り、収められた5つのミステリーすべてに佐方貞人という検事が登場する。主人公といっていいだろう。しかし彼一人だけが目立っているわけではない。ある話では事件を追う刑事、また別の話では検事を補助する事務官、といった具合に中心人物が替わっていく。それでも佐方の存在感は圧倒的だ。別の人間から見た彼の行動に一貫した姿勢、真実を追い求める執念が常にあるのだ。
どうして作者はこういう、押しつけがましくない主役、という書き方を選んだのか。物的証拠の積み重ねで物語の最後に事件が解明する謎解きの面白味を、第一に狙ったわけではないからだ。作者が最も描きたいのは罪を犯してしまった者、あるいは被害者といった犯罪事件に関わるすべての人の心の事情だ。
佐方以外の中心人物はストーリーの前半まで、物的証拠や法律などのわかりやすいものに囚われている。しかし佐方は独自に無関係と思われる人にアプローチし、事件の背後に隠れていた真相を解明する。彼が重視しているものが、まさしく心の事情だ。佐方を傍観していた人物は物語の最後で自分が間違っていたと気付く。この“気付く”というシーンで、読者は誰もが犯罪者になる可能性を持っていると感じるはずだ。柚月裕子。すごい作家だ。
(中辻理夫/文芸評論家)
◎気になる新刊
『おどろきの中国』(橋爪大三郎・大澤真幸・宮台真司/講談社現代新書・945円)
中国はそもそも「国家」なのか? 2000年以上前に統一できたのはなぜか? 冷戦が終わっても共産党支配が崩れなかった理由とは? 日本を代表する知性が徹底討論で解き明かす、真に中国を理解するための必読書。
◎ゆくりなき雑誌との出会いこそ幸せなり
「ロボットを作る!」そんな楽しい雑誌が登場した。
漫画や絵空事ではなく、毎号パーツが入っていて、組み立てると“歩く”“言葉を理解し話す”ロボットが完成するのが、『週刊ロビ』(デアゴスティーニ・ジャパン)だ。
デザインと設計開発を世界的なロボット・クリエイター、高橋智隆氏に依頼して実現。この方は乾電池のテレビCMにも登場した二足歩行ロボット『エボルタ君』の開発者として知られている。独自の音声認識機能によって約200以上の言葉を理解し、人間と自然な会話ができる上、タイマーやリモコンといった機能も搭載。雑誌付属のドライバー1本で、誰でも組み立てられるというから便利だ。
完成したロボットのサイズは身長34センチ、重量1キロ。ちょっとした科学者気分を味わいながら、鉄腕アトムのような「友」を作る楽しみに浸ることができそうだ。
創刊号のみ特別価格790円、2号以降1990円。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)
※「ゆくりなき」…「思いがけない」の意