薄暗い洞窟らしき場所にひとつの祠(ほこら)がポツンと鎮座している。
手前には注連縄(しめなわ)がきつく絞められており不気味なムード万点といったところだ。
この祠の上部にご注目していただきたい。なにやら白い人のような物体が祠の上に立っているではないか? 注連縄にピントが行ってしまいやや不鮮明ではあるが、頭や腕、それに足らしきものも伸びているのが確認できる。しかもこの物体、神聖なる注連縄の上を綱渡りをするかのごとくヒョイヒョイと渡っているようにも見える。なんとも不謹慎な小さいおっさんである。この怪人物は一体何者なのだろうか。
この写真は福岡県にある「土蜘蛛の洞窟」と言われる「青龍窟」で撮影されたものである。
青龍窟は国の天然記念物として指定されている由緒ある洞窟である。この洞窟ではナウマン象の頭蓋骨や修道僧の修行場になっていたと思わしき出土品も発掘されている。
それだけでも実に歴史的価値の高い洞窟ではあるが、実はこの洞窟には「土蜘蛛」が住み着いており激しい合戦の末に退治された場所でもあるのだ。
広く知られている土蜘蛛の姿は鬼のような顔に虎の胴体、蜘蛛のような手足を持つ妖怪としておなじみの存在である。 強大な妖力を持つ日本の大妖怪のひとつとされ、歌舞伎や能の題材にもされている。隈取の役者が多数の糸を舞台で華麗に投げ込む「土蜘蛛」の演目はご存知の方も多いことだろう(近年ではゲームの『妖怪ウォッチ』で歌舞伎役者風の妖怪・土蜘蛛も登場している)。
しかし、青龍窟に残されている土蜘蛛の伝説は蜘蛛の姿の怪物のことではなく「日本書紀」が書かれた時代に猛威を振るった地元の豪族たちのことである。土蜘蛛というのはほの暗い洞窟に住みついた荒くれ者の集団の俗称であり、妖怪として土蜘蛛が登場するのは後年になってからのことである。
豪族の土蜘蛛は光を嫌い、洞窟で過ごしたために人間らしい姿をしていなかったため後年、蜘蛛の化物の伝説が広まったとされている。
さて、今回の写真の小さいおっさんだが、以上の点を踏まえるとやはり妖怪ではなく青龍窟に住み着いていた豪族たちの魂ではないかと思われる。
土蜘蛛と呼ばれた豪族たちは今も洞窟に住着き、光を嫌った長年の生活から色を失い、洞窟でも過ごせるように体を小型化させたのではなかろうか。
かつて妖怪にされ、今では小さいおっさんとなって我々の前に現れる土蜘蛛…その伝説は数千年の時を超え、今も受け継がれる…?
文:穂積昭雪(山口敏太郎事務所)