鳥谷が早大のユニフォームを着て間もないころ、指導者は一年生全員を焼き肉屋に連れ出した。大多数の野球部員はカルビやロースを頬張ったが、鳥谷はある特定の量を食べると、ピタリと箸を置いた。
「もっと食べられるだろう?」
「いえ。自分は野菜も食べますから」
『食』に対する意識の高さに、「この男は伸びる」と確信したそうだ。
高校球児はどうなのか? 筆者の取材した限りでは、その重要性はまだ理解されていないようである。いくつかのエピソードを挙げてみたい。東北県の強豪校野球部寮を取材したとき、まず現代っ子の味覚に驚かされた。何にでもマヨネーズをかけるのだ。野菜、揚げ物だけではなく、牛丼などのドンブリものにも先を争ってマヨネーズをかけていた。
また、長野日大ではプロテイン・ドリンクを部員たちに飲ませていた。専門家にも相談し、10代の野球選手に適した量を与えており、筋トレに関してもスポーツインストラクターが管理していた。野球部寮の食事に“名物メニュー”はなかったが、寮母さんが「吸い物やスープだと野菜を食べてくれる」とし、そのレパートリーを増やすのに苦心していた。そして、どの高校に行っても必ず出る『食育』の悩みは、「今の子は食が細い。好き嫌いが多すぎる」である。
「合宿所で生活している部員なら、食生活も監視できますが、自宅から通う部員はそうも行きません。どの家庭にもお願いしているんですが、『弁当はコンビニで買わせるのではなく、家庭で作ったものを持たせてほしい』と…。10代のうちはしっかり食べて、睡眠時間も十分に取れば疲れが残ることはないでしょう。アスリートとしての『食育』も大切ですが、高校生のうちは、好き嫌いをせずにそれなりの量を食べてほしい」
どの高校の指導者も似たようなことを口にしていた。「好き嫌い」の話をされると、高校生とは思えないが、これが現実なのである。
「菊池雄星クンが大食漢だという話があって、そういう身近な例を出して自覚を促したこともありました」(ベテラン監督)
09年、センバツ大会に出場した鵡川高校 では、食事の際に指導者が同席し、「もっと食べろ」と、おかわりのご飯を茶碗によそってまわることもあるそうだ。
阪神・鳥谷のように10代から食生活に対する意識を持っていた選手は、数える程度しかいなかった。甲子園出場校が宿泊するホテル、旅館にも『厳守されてきた伝統』がある。万が一を考え、絶対に生ものは出さないという。そうなると、揚げ物、焼き肉、焼き魚など夕食メニューも限られてくるが、ホテル、旅館側はサラダを出すときもいつも以上に気を配るそうだ。
「一昔前までは大部屋で雑魚寝をさせていましたが、今は個室を与える学校も少なくありません。2人部屋でも不満が出るそうです」
関係者がそう言う。
寮生活を行う私立高校のなかには、コンビニとケータイを完全禁止するところもないわけではない。野球一辺倒で束縛された生活を嫌い、強豪校に進まなかった球児も増えてきたが、試合に出る部員以上に周囲の大人たちの方が『食育』に配慮しているのが現状だ。
「土・日曜日の試合、練習で弁当を持って来させると、『ちょっとこれは…』と思うオカズを持たせる親御さんもいないわけではありません。肉類だけとか、ゼリーやお菓子を入れてくるとか…」(前出・ベテラン監督)
食生活への配慮。現在の指導者は野球だけを教えていればいいというものではないらしい。