『ガラスの鍵』(ダシール・ハメット/池田真紀子=訳 光文社古典新訳文庫 880円)
光文社古典新訳文庫は、2006年から'07年にかけて刊行されたドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』が爆発的な売れ行きを見せ、大いに話題になった文庫レーベルである。ロシア文学者・亀山郁夫による新訳版であった。出版界において海外小説の新訳が成されるのは比較的普通のことで、それはやはり時代がたてば読者は昔の言い回しについていけなくなるからだ。この文庫レーベルでは他にもディケンズ、ヘミングウェイ、フィッツジェラルドなど多くの作家が残した名作の新訳版が出ている。
ダシール・ハメットは1920年代から'30年代にアメリカで活躍したので、やはり昔の作家の部類に入るだろう。しかしその活躍後、ハードボイルド小説の始祖として尊敬され続け読み継がれてきたのだ。
ハメットといえば『マルタの鷹』が最も有名で、昨年、小鷹信光による〔改訳決定版〕がハヤカワ・ミステリ文庫から出た。ハメットをいっそう高く評価する機運が感じられる。そうすると『ガラスの鍵』も読みたくなる。原書刊行は1931年で、この新訳版が出たのは2010年。主人公は賭博師ネッド・ボーモントである。ある街で起きた殺人事件を解明しようとする。一人称ではなく徹底して情感を排した客観三人称叙述は見事と言うしかない。行間を読む、という読書の快楽を知らしめてくれる傑作だ。
(中辻理夫/文芸評論家)
◎気になる新刊
『夜の経済学』(飯田泰之・荻上チキ/扶桑社・1365円)
日本に風俗嬢は何人いるのか? 高学歴の童貞男が幸せな理由とは? 印象論が跋扈するデータ不在の領域に、気鋭のエコノミスト&評論家が数字を武器に鋭く切り込む。データ本として楽しみながら社会を見る目も養われる痛快な1冊。
◎ゆくりなき雑誌との出会いこそ幸せなり
一風変わったマニアック過ぎる映画雑誌『映画秘宝』(洋泉社/1050円)をご紹介。雑誌コンセプトは「男が楽しめる映画雑誌」らしい。国内外のイケメン俳優を特集した女性向けのものはあるが、男性向けB級映画にこだわった雑誌はこれ1冊。その意味でも異彩を放っている。
しかも毎号、一つのテーマで誌面を構成しており、11月号は「犯罪映画」の大特集。強盗、監禁、連続・快楽殺人などの「世界の実録犯罪映画大百科」、また新作の紹介もハリウッド娯楽大作などは無視して、『天使の処刑人』『ランナウェイ/逃亡者』など、バイオレンスな作品がズラリと並んでいる。
そうかと思えば、成海璃子や中川翔子といったカルト映画が好きそうなアイドルが連載を担当するなど、これでもかというほど個性的な記事が誌面を埋める。
こんなブッ飛んだ雑誌が今時あったのか…。まさに“ゆくりなき”出会いだ。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)
※「ゆくりなき」…「思いがけない」の意