首相の体調不良が公然と語られるようになったのは6月下旬以降。「表情に生気が失われ、体がふらついたり、足取りが重くなったりした」(政府関係者)ためだ。「周囲に『もう疲れたよ』と何度も弱音を吐くようになった」(同)話も流れた。
こうした健康不安説は過去数年、何度も流れては消えてきた。だが、どうやら今回は様相が異なるようなのだ。首相官邸に詰める全国紙の政治部記者が話す。
「安倍首相は6月13日に人間ドックを受診しているので、わずか2カ月で検査入院をするのは考えにくい。そこで、懇意にしている官邸の事務方にこっそり聞いたところ、『何日間入院するのかは総理自身の判断になっている』と教えてくれたのです。単なる検査入院では済まないほど首相の体調は悪いんだと、すぐに勘づきました」
首相は17日午前10時半頃、大勢のマスコミが待ち構える中、公用車で慶応大学病院の玄関前に到着した。「そのまま入院か」と思われたが、官邸や病院は「6月の人間ドックの追加検査のために入った。日帰りの検診だ」などと非公式にアナウンス。首相周辺も「健康に何の問題もない」と体調不良説を打ち消した。
だが、先の全国紙記者によると、「これにも裏がある」という。首相は12日、側近の甘利明自民党税制調査会長と官邸で1時間にわたり会談。15日には全国戦没者追悼式から帰宅後、盟友の麻生太郎副総理兼財務相と、自宅で1時間近く話し込んでいる。
「話題は主に首相の体調不良についてだったようです。入院すると政局に影響するので、病院にどれくらいとどまるかは、首相の判断に委ねられたそうです。その結果、日帰り検診となったのなら、首相の体調が悪いままなのは間違いありません。ウチの社は、近いうちの首相退陣もあり得ると見て、全社的に急いで態勢を組んだところです」(同)
首相の体調が悪化しているとすれば、考えられるのは持病の潰瘍性大腸炎の病状進行だ。潰瘍性大腸炎は大腸の内壁がただれて炎症を起こし、下痢や腹痛に悩まされる難治性の病気で、厚生労働省は難病に指定している。
過去に安倍首相自身がマスコミのインタビューなどで語ったところによると、子どもの頃からこの病気に苦しめられてきた。2006年9月に発足した第1次安倍政権は首相の病状の悪化で、わずか1年で政権を投げ出さざるを得なかった。
その後、画期的な新薬『アサコール』が発売され、服用することで病状が劇的に改善。’12年12月の衆院選で民主党を破って第2次政権を発足させてからは、より効果の高いステロイド製剤も併用して病状のコントロールを徹底してきた。
先の記者によると、主治医のいる慶応大学病院が医師、看護師、薬剤師らの専属医療チームを編成して首相の健康管理に当たり「時には首相の自宅や、六本木にある行きつけのスポーツクラブにも、診察や治療のためにチームを派遣していた」という。
だが、潰瘍性大腸炎に詳しい医療関係者によると、この病気の最大の敵は「極度なストレスや疲労の蓄積」なのだという。
★連続在職日数も歴代1位に
新型コロナウイルスの感染拡大による今回の未曽有の事態において、安倍政権のコロナ対策は「場当たり的」「迷走している」と、世論や野党から非難ごうごう。地方の景気刺激策「GoToトラベル」キャンペーンに至っては、感染再拡大のタイミングと重なったこともあり「混乱の極み」(枝野幸男立憲民主党代表)と厳しい批判にさらされた。
その結果、マスコミ各社の内閣支持率は一部で20%台に落ち込むなど「危険水域」(自民党関係者)にまで低迷。経済は戦後最大の落ち込みを記録し、得意の外交もままならない中で、まさに首相は「激しいストレスを抱え、疲労困憊になっていた」(自民党若手議員)のは想像に難くない。
別の自民党議員が首相の心中をおもんぱかる。
「9年近い長期政権でありながら、持論の憲法改正はなしえず、日本人拉致問題や北方領土問題も解決できなかった。もはや首相の気持ちを支えていたのは、8月24日で、佐藤栄作元首相の連続在職日数2798日を抜き、歴代最長になったことくらいでは」
そもそも、安倍首相はこのコロナ禍をどのように乗り切ろうと考えていたのか。最も念頭にあったシナリオは「9月の衆院解散、10月の総選挙」だったと見る向きが大勢だ。
5月にコロナ感染の第1波が全国で収束を迎えたことで、下がった内閣支持率もジワリと回復。事業規模の総額が230兆円を超える「空前絶後」(安倍首相)の経済対策で経済を回復軌道に乗せられれば、解散に向けた環境も整う。立憲民主党と国民民主党の合流がもたついていることも首相にとっては好都合だった。
首相の出身派閥である自民党細田派のベテラン議員が話す。
「首相は二階俊博幹事長を、意中の『ポスト安倍』候補である岸田文雄政調会長と交代させ、体制を一新した上で解散に踏み切る構えだったのだと思う」
衆院選に勝利すれば求心力を高められ、残り任期1年の政権基盤は安泰になり、政局の主導権も確保できるので、岸田氏への禅譲につなげられる――というわけだ。気心の知れた岸田氏が後継首相になれば、退陣後も影響力を行使する上で都合がいい。
「官邸における安倍首相の最側近は、言わずと知れた北村滋国家安全保障局長と今井尚哉首相秘書官兼補佐官だ。岸田氏はこの2人の続投を飲んだと聞いている」(同)
6月中旬に首相は岸田氏と官邸で30分ほど会談しているが、ここでも改めて2人の続投を確認したのだという。しかし、7月以降のコロナ感染の再拡大と対応策の混乱で、首相のシナリオは事実上白紙に。首相の体調不良も相まって衆院解散どころか、自身にとって最後になるとみられる内閣改造もできるのか危ぶまれる状況になっているのは、前述した通りだ。
安倍首相は公務に復帰した19日、官邸で待ち受ける記者団に「体調に万全を期すため、検査を受けました。これから再び仕事に復帰して頑張っていきたいと思います」と述べた。しかし、足取りは重く、記者の質問にも答えなかった。
★“菅・二階”中心の政権運営
もはや永田町の最大の関心事は、安倍首相退陣の「Xデー」が来るのかどうかになっているわけだが、首相が早期退陣した場合、どのような展開になるのか。
最も有力なシナリオは、菅義偉官房長官と二階幹事長が今後の政局を主導していく流れだ。首相の残りの任期である来年9月までの「菅管理内閣」の樹立で、安倍首相としても反りの合わない石破茂元幹事長だけは後任に就かせずに済む。退陣しても影響力を残すためには、菅、二階両氏に託すしかないというわけだ。
首相が15日に麻生氏と会談した際、自身にもしものことがあれば「後任を務めるよう要請したのではないか」(自民党若手議員)との臆測も流れる。
麻生氏は「やる気満々」(同)だとしても、6月17日の通常国会閉幕後、今後の政局や人事をにらみ、頻繁に開かれた政権幹部による会合の中心は菅、二階両氏だった。
その2人が中心となって、9月には有志議員による「地方創生・未来都市推進議員連盟」が立ち上がる。自民党の衆参両院議員150人以上の参加が見込まれており、2人がこの議連を土台に、この先1年を見据えた政局の主導権を握ろうとしているのは明らかだ。
ただ、本当にXデーは来るのかを見極めるためには、首相の病状を正確に理解する必要がある。慶応大出身の医療関係者が口を開く。
「17日、安倍首相が慶応大学病院にとどまったのは7時間半だったが、この間に行われた治療は『血液成分顆粒球除去療法』(GCAP)に違いない。がん検査も行ったのではないか」
GCAPは、両腕の静脈に針を刺して血液を専用の装置に循環させる療法で「大腸に炎症を起こす血液中の免疫成分を吸着させて取り除く」(同)。1回につき3〜4時間ほどかかるのだという。
とはいえ、この療法は一般的な治療法であり、施される患者はそれほど重症ではない場合が多く、首相の病状は「中程度と考えていい」と先の医療関係者。安倍首相の場合、体調の悪化などでアサコールやステロイドだけでは、症状が治まった状態である「寛解」が維持しにくくなっているので「副作用の少ないこの療法で改善を図ったのではないか」(同)というのだ。
この関係者の話の通りなら、安倍首相も健康を回復する可能性はある。仮に体調が芳しくなくても、潰瘍性大腸炎はここ数年、内外の製薬会社から画期的な新薬が次々と出ている。最新のバイオ技術を駆使した生物製剤などで「重症となっても効果がテキメン。首相には治療の選択肢が豊富に残されていると見ていい」(同)そうだ。
首相が公務に復帰し、コロナ対策と9月の人事に臨むことになる展開も十分にありうるというわけだ。
もちろん、首相が権力を手放さない理由は他にもある。「首相の政権への執念は相当なものだ。コロナの感染拡大が止まらない中、絶対に辞めるわけにはいかないと思っている」とは先の細田派ベテラン議員。政府関係者は、米中関係の悪化も首相が職にとどまろうとする大きな要因と指摘する。
「実は、米国は二階氏が政権運営を主導することに相当難色を示している。二階氏は親中派と思われているからだ」
米中両国が今後、激しさを増す経済対立に加えて、南シナ海問題や香港情勢、台湾問題などで一触即発の事態にでもなれば「日本の安全保障に直結するため、米国は首相の続投を強く求めている」(同)のだ。
確かに、首相は19日に公務に復帰すると、防衛省の岡真臣防衛政策局長や滝沢裕昭内閣情報官、北村国家安全保障局長らから次々と報告を受けた。河野太郎防衛相が8月29日に米領グアムでエスパー米国防長官と急きょ会談する日程も発表した。米中関係がキナ臭くなってきているのは間違いなさそうだ。
しかし、それでも安倍首相の体力が続かなければ、政権が行き詰まる可能性は高い。首相が9月の内閣改造と自民党役員人事を自ら行っても、菅、二階両氏は外すことはできずに留任となると見られており、2人が政権運営に大きく関わっていく構図は変わらない。
コロナ禍の中、10月には臨時国会を開かざるを得ず、ここで国民民主党との合流で150人前後へと規模を拡大させた立憲民主党が厳しく安倍首相を追及するのは確実な情勢だ。
24日にも「追加検査」で慶応大学病院に入った安倍首相、13年前と同じように政権を放り出す悪夢は十分に起こりうる。