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本好きのリビドー

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提供:週刊実話

 悦楽の1冊『この素晴らしき世界』東野幸治 新潮社 1300円(本体価格)

★吉本芸人の知られざる伝説の数々

 煎じ詰めれば日本のお笑い芸人は、結局、身も蓋もないが流行りの表現でいえば「吉本か、それ以外か」に尽きてしまうのだろう。

 所属タレントの総数と層の厚さといい、自前の劇場をいくつも持つ強みといい、おまけに養成所であるNSCへの入校希望者は相変わらず引きもきらず、もはや企業規模的に他を圧倒する吉本興業。長年ギャラの配分の異常さを指弾されようが、創業家と経営陣の内紛を囁かれようが、闇営業問題への対応を巡って叩かれようが貪欲に呑み込むしたたかさがすごい。膨張を続ける巨大帝国の屋台骨を支える芸人たちを、上は西川きよしや坂田利夫、大助・花子といった大御所クラスから下は芸歴35年をすぎていまだアルバイト生活のリットン調査団に至るまで、その知られざる素顔とともに語る本書だが、特筆すべきは著者の筆さばきだ。

 昨年のM-1グランプリ決勝では、絶対にボケの台詞に口汚く否定的な調子では突っ込まないコンビ“ぺこぱ”(おっと彼らは非・吉本)のネタが新鮮だったが、著者の紹介する先輩・後輩問わずすべての芸人に対して注がれる視線がまさにそれ。随所に“毒”を感じさせつつも、決して負の要素を含んだワードは一切使わずに、あらゆる芸人の個性を際立たせる技術がお見事。うぐいす餅のように見せて噛んだら、実は山葵の塊だった戦法、とでも呼ぼうか。

 もし続篇が出る予定あらば、今度はアングラお笑い界の雄にも目を向けてほしい。生まれつき心臓の位置が右にあり、不合格者が3人しかいない高校に落ち(残る2人はシンナー中毒)、トークライブをやればあまりにつまらないと警察を呼ばれ(実話)、「アマチュアのホームレス」を自称する、例えばチャンス大城のような。
(黒椿椿十郎/文芸評論家)

【昇天の1冊】

 この原稿を書いている時点で、東京オリンピックは来年7月23日開会式と、1年の延期が決定した。

 さまざまな議論を経て延期が決定したわけだが、一時は五輪中止・廃止論まで飛び出すなど、世相はオリンピック開催の意義を問うほど揺れていた。『【まんが】古関裕而ものがたり』(渓流社/1200円+税)は、そんな議論が沸騰していたからこそ改めて読みたい1冊だ。

 古関裕而(こせきゆうじ)。昭和39年の東京五輪の『オリンピックマーチ』を作曲した人物である。また、高校野球の入場曲『栄冠は君に輝く』も作曲。耳慣れた曲をこの世に送り出した昭和の“偉人”の1人といっていい。3月からスタートしたNHK朝ドラ『エール』の主人公のモデルでもある。

 昭和39年10月10日、満員となった旧国立競技場に、古関が作曲したマーチが鳴り響いた。歓喜に包まれ、日本が一つになった瞬間だったと、多くの人が語り継いでいる。

 今はどうだろうか? 日本は一つであると言い難い。前回の東京五輪の時代は、戦後の高度成長の時代を経て、日本人が一つの方向を目指して生きていた。現在は情報も価値観も多様化し、五輪開催に消極的な人も多い。だが本書を読むと、決して頭ごなしに否定できないのが五輪という存在ではないかと気付かされる。

 古関を始め、五輪に夢を求めていた人々が大勢いたことを、この漫画は伝える。令和の時代に足りないものこそ、その夢ではないかと思えてくる。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

【話題の1冊】著者インタビュー 横尾忠則 病気のご利益 ポプラ新書 860円(本体価格)

★人間の思想が病気を生み出す

――ご自身の病気を披露し、本にまとめようとしたきっかけは?
横尾 病気は創作と同じで、吐き出さないと体内で汚染します。病気自慢をする人のほうが、病気を克服する傾向が高いと思います。病気は吐露することで客観化され、本にして発表することで、病気の苦痛から解放されます。
 本書は私の直感から伝達される自分の身体情報をチェックし、それに従うことで事前に病気を防いだり、医師に相談することができ、大事に至る前に治療が可能になります。そんな私の体験がなにかの参考になればと思います。

――病気をすることで生活や芸術を見直すきっかけになったそうですね?
横尾 病気をすることは、ある意味で日常の思考をいったん停止することになります。その間、それまでの生活や仕事について反省する機会を得ます。また休養中に、回復後の計画や新しいビジョンと向き合うことにもなります。そんな希望が逆に病気の治癒にもなるのです。
 病気は神が与えた贈り物とも言われますが、まさにその通り、『病気のご利益』です。私は病気やけがをよくしますが、その都度、回復後は作品がガラッと変化します。けがの功名ですね。

――過去には片足切断の危機もあったとか。どのように克服したのですか?
横尾 交通事故のあと、突然、足の動脈血栓になりました。原因不明といわれ、2カ月入院したものの完治せず、最後は足を切断するしかないと言われたため、病院を自主退院しました。
 その後、東京医学のマッサージ師にかかり、病院での治療法と全く反対の治療が開始されたところ、徐々に回復に向かいました。その先生は初日に“自律神経失調症”と診断しましたが、結局、その判断が正しかったのです。
 西洋医学から東洋医学に方向をチェンジしたのも、知人のサジェスチョンに直感的に従った結果です。ここでも物を言ったのは直感です。

――横尾さんにとって“病気”とは何でしょうか?
横尾 病気は理由もなく発生するものではありません。自分の経験から考えると、ほぼ100%、心が病気をつくっています。原因不明の病気などないんです。心はまた直感とも連携プレーを取っています。
 ですから、ふとした直感(内なる声)に耳を傾けると、事前に病気は防げます。人の考え方(思想)が病気を生みます。「病は気から」と言いますが、その気(心)と体のバランスを常に保てばいいんじゃないでしょうか。
_(聞き手/程原ケン)

横尾忠則(よこお・ただのり)
1936年兵庫県生まれ。美術家。’72年にニューヨーク近代美術館で個展。以降、ヨーロッパ各国での個展開催、ビエンナーレ出品など国際的に高い評価を得ている。’16年には『言葉を離れる』で講談社エッセイ賞を受賞。

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