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役者でも活躍中のアンジャッシュ児嶋、“イジラレ芸”が開花したのはあの人との絡み?

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アンジャッシュ・児嶋一哉

 熱烈な支持を集めたテレビドラマ『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)をはじめ、今年だけでゲスト出演2本とレギュラー出演3本と、役者としての活躍も目覚ましいお笑い芸人コンビ、アンジャッシュの児嶋一哉。バラエティ番組ではすっかり“イジラレ芸”が定着した人気者だが、児嶋が芸人の道を志した当初の思惑とはだいぶ違っているようだ。

 1992年、児嶋はお笑い養成所の門を叩き、翌年にピン芸人としてデビュー。同年、現在の相方・渡部建を誘ってアンジャッシュを結成した。96年には、爆笑問題やネプチューン、海砂利水魚(現・くりぃむしちゅー)などの人気芸人を輩出したバラエティ番組『ボキャブラ天国』に出演したが、フリの長いコントを得意とする2人の芸風には合わず“ボキャ天ブーム”に乗ることはできなかった。

 2人が最初に注目を浴びたのは、1999年にスタートした『爆笑オンエアバトル』(NHK総合)への出演だった。同番組はお笑い芸人がネタを披露し、観客から面白いと評価されたネタだけがオンエアを勝ち取るというシンプルなもの。アンジャッシュの巧みに構成された“すれ違いコント”がこの番組にハマり、03年3月には第5回チャンピオン大会ファイナルで優勝。5代目チャンピオンに輝いた。民放では00年代から始まった『エンタの神様』(日本テレビ)などのネタ番組の常連に。しかし、ネタ番組のブーム終焉とともに仕事は激減した。児嶋のイジラレキャラは一部の番組でも披露していたが、光が当たることはなかった。何よりも、まだ“正統派”の芸風を目指していた児嶋自身が受け入れられなかったようだ。

 児嶋のターニングポイントは、2008年2月に放送された『アメトーーク!』(テレビ朝日系)の「ハワイ大好き芸人」。ここで、バナナマン・設楽統やアンタッチャブル・山崎弘也らに猛烈な“イジり”を受けた。本来はハワイの素晴らしさを語り合う企画だが、山崎が児嶋をイジり出すと、その他の芸人も乗っかる形で“ガヤ”がエスカレート。児嶋が「夕日がキレイなんですよね」と言っただけで静まり返り、「お笑いの日没ね」「サンセット児嶋」といったガヤがたびたび起こり、児嶋がキレていくという今では珍しくない展開だ。児嶋もついに受け入れたのか、ほぼこの企画は“児嶋のイジラレ芸”の回となった。ここで雨上がり決死隊の2人や同業者に児嶋の“イジラレ芸”が認知され、他番組でも徐々にキャラクターが浸透していくことになった。

 その後、10年9月、お笑いタレント東野幸治がTwitterで「アンジャッシュ児嶋くん実は馬鹿伝説」をユーザーから募る企画を実施し、話題となった。「牛肉と鶏肉の区別がつかない」などのエピソードが披露され、この頃からイジられている。その翌年、11年10月の『アメトーーク!』(前・同)では、「児嶋あそび」をテーマにいよいよ“児嶋イジり”の企画が決行され反響を呼んだ。以降、ダウンタウンや明石家さんまといった大御所の番組に出演した際にもイジラレ芸は披露され「児嶋だよ!」というキレ芸につながっていく。大御所が児嶋をイジり、児嶋がキレるパターンを増やしたことでやっと世間も“芸”として受け入れるようになったと言えるだろう。

 俳優としては、2008年に公開された黒澤清監督の映画『トウキョウソナタ』でデビュー。この作品は、第61回カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門で次点に当たる審査員賞を受賞した話題作だ。児嶋の演技も高く評価された。テレビドラマでも、10年の『フリーター、家を買う。』(フジテレビ系)、11年には『マルモのおきて』(同)など話題作に次々と出演。今ではドラマにも欠かせない存在となった。

 芸人を始めた当初は「正統派で売れたかった」という児嶋。当初は不本意だった“イジられキャラ”を受け入れ始めたタイミングで、役者業のオファーも増えるという“相乗効果”を生んでいる。本人の望んだところではないかもしれないが、“キャラ変”で大成功した芸人の代表格と言えるだろう。

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