ぐつぐつと、大鍋が煮えている、ただそれだけ。つまみは、串に刺さった牛煮込みだけではない。しかし、それだけだと思っていただいたほうがいい。女将も目で、そうだそうだとおっしゃっている。女将さんで3代目、長く続いているのですね。常連さんたちで、女将さんを囲んで鶴巻温泉へ。そりゃいい。あ、その慰安旅行の幹部会議ですか。待ち合わせ場所が決まらない。いやいや、恵比寿から小田急線には乗れませんと、口を挟もうとしたら、幹部のひとりが渋谷にしようという。もどかしい。
白熱した会議は続き、こちらは気にしていただいているような、いただいていないような気配。冒頭で申し上げたとおりつまみがシンプルなので、女将も中座しなくて済むというのも、このさい功を奏していてめでたい。鍋底の味噌が焦げないように、話の合いの手にぐるりとかき回す、伝統芸能のようなその間のよさ。かき回すたびに鍋から立ち上がってくる香りと湯気も、ご馳走です。
ざっかけない(ざっくばらんな)という江戸言葉を教えてくれたのは、中野区野方に住まう富農の13代目T氏でした。環状7号線はT家の元地所の上を通過しているという。江戸は存外狭く、環状6号線も元鷹狩り場や、元宿場町など市中からみれば郊外の上を通過している。
北限が、かねやす(小間物屋)までは江戸の内とうたわれた本郷(丸ノ内線本郷三丁目駅)。南限が高輪(南北線白金高輪駅)。東端が両国(総武線浅草橋駅)。西端が四谷(JR線四ツ谷駅)。目分量でいえば、江戸は環状山手線の敷地の半分ほどだ。大川も越えて遥かなこの地の繁栄は、永代寺と富岡八幡の門前町だったからでしょう。
牛煮込みは4種。シロ、チレ、ナンコツ、フワ(肺)。その日の分を夕方から煮出して、売り切れ御免。煮込みの具にタレが染み込んでいるのか、いないのか、よく分からない。食べているときに分からないのだから、店を出てしまってからは余計に分からない。家に戻りつけば、不意に舌の上に甦る、あの濃い味噌味。そんなときは無駄な抵抗をせず、モンナカ(門前仲町)まで再び三度(みたび)、ざっかけない小体なこの店まで、出かけるしかない。
予算1500円
東京都江東区門前仲町2-9-12