『楽園のカンヴァス』(原田マハ/新潮社 1680円)
小説や映画を楽しむには、ある程度の時間が必要である。一瞬でストーリーを理解することはできない。映画であればおおむね2時間上映の作品が多い。2時間使わなければ楽しめないのだ。しかし絵画は違う。数秒だけ目を向けるか、じっくり見つめるか、鑑賞者の自由なのである。それがいい、という絵画ファンは少なくないのではあるまいか。ストーリーがないからこそ、頭の中をフル回転させる。過去の自分の体験を回想したり、勝手な独自のストーリーを空想したりする。
本書は5月に第25回山本周五郎賞を受賞した作品だ。ニューヨーク近代美術館のアシスタント・キューレターであるティム・ブラウン。彼はコレクターからの依頼を受けてアンリ・ルソー作とされる1枚の絵が本物か偽物か鑑定することになる。依頼者はもう1人ルソー研究で名高い女性も招いていた。2人を競争させるつもりなのだ。負けてなるものかと必死になるティムだが…。第一級のミステリーである。殺人ではない美術品の謎を追う話なのに、まさしく手に汗握ってしまうのだ。作者は美術館勤務などを経てフリーのキューレターとして活躍後、2005年に小説家デビューを果たした。しかしアート業界を本格的に題材とした作品は初めてで、やはり元々の得意分野にがっちり取り組んだからこそ力作に仕上がったのだ。絵画に対する愛情に満ち溢れている。
(中辻理夫/文芸評論家)
◎気になる新刊
『TRINITY-SLIM』(SHIHO/SDP・1680円)
とにかく“痩せ本”ブームである。意気込んでチャレンジするものの「これは合わない!」とあきらめ、複数冊買い続けている人がいるのだろう…。どうせならエロい方がイイ。この新刊の付録DVDは、そういう意味でとても実用的だ。
◎ゆくりなき雑誌との出会いこそ幸せなり
デパ地下、つまり食料品売場を特集したのが、雑誌『MONOQLO』特別編集版『デパ地下覆面調査!!』(晋遊社/680円)だ。
行列ができると評判のスイーツは、本当に美味いのか…といった覆面調査をはじめ、サラダ、ハンバーグ、和・洋惣菜、フライ、天心まで、東京・名古屋・大阪デパ地下の話題の商品をA・B・C評価で抜き打ちランク付けした雑誌である。
評価を下すのは料理研究家やフード・コーディネーターら、食のプロたち。話題性やブランドに流されず、あくまで味で評価する姿勢を貫いているため、骨太なグルメ雑誌に仕上がっている。
加えて接客態度や百貨店フロアの構造なども分析し、“お客様”の目線に立って誌面を構成している。したがって、批判・辛口評も少なくない。
掲載された百貨店にとっては耳の痛い記事もあるだろうが、提灯記事ばかりのグメル雑誌の中で、あえて批判精神にこだわったところが痛快だ。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)
※「ゆくりなき」…「思いがけない」の意