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人が動く! 人を動かす! 「田中角栄」侠(おとこ)の処世 第31回

 44歳、時に“最年少記録”であった田中角栄の大蔵大臣就任は、やがて生涯の「盟友」となる大平正芳との“画策”によって誕生した。
 昭和37年7月、第2次内閣の改造に踏み切る決断をした池田勇人首相は、閣僚人事の骨格を大蔵官僚時代の後輩で、信頼してやまぬ前尾繁三郎幹事長と大平正芳官房長官に“丸投げ”した形だった。学者肌の前尾は入閣への野心はなく、幹事長留任でOKとなった。赤城宗徳総務会長も留任。こうなれば田中角栄政調会長も留任かと思われたが、底流では“異変”が起きていた。閣僚人事について前尾幹事長は政界のドロドロした駆け引きは好まずで、大平官房長官に“お任かせ”、大平はこれをいいことに「これからの自民党の政治は自分たちが責任を持ってやっていくのだ」の自負のもと仲のいい田中と呼吸を合わせ、大平自らは官房長官から外務大臣へ横すべり、田中を大蔵大臣として組閣名簿をつくって池田首相に差し出した。

 しかし、この組閣名簿を見た池田は、まず「田中蔵相」を見て目をむいた。それまでの蔵相ポストは大蔵官僚出身者が就くことが恒常化していたし、ましてや田中は東大法学部卒業でもない尋常高等小学校卒。年齢もそれまで例のなかった若さでもあり、これでは内閣が持たないだろうと危惧したのであった。
 池田は、大平に向かって言った。
 「あのワケの分からん男が、なぜ蔵相なのか。放言はするし、危なっかしい。田中の大蔵だけはダメだ。代えろ」
 しかし、大平は引き下がらなかった。そして、言った。「総理、確かに田中さんは若いが、財政、経済政策の能力は相当なものです。もし、田中さんを外すとおっしゃるなら、自分は入閣を見送りますから何とか田中さんの蔵相だけは認めていただきたい」。池田はしばし腕組みし、大平をにらみながら言った。「キミの好きなようにしたまえ」。池田は、かわいがっていた側近中の側近がそこまで言うのならと、「田中蔵相」を認めたということだった。「総理が決断したのならばやむを得ん」、それまでやはり「田中蔵相」に反対の声を上げていた大野伴睦、河野一郎、藤山愛一郎、川島正次郎といった当時の“ウルサ型”自民党幹部も、矛を収めるしかなかったのだった。

 そうした一方で、大蔵省自体も頭を抱えた。財政・経済の政策能力未知数などの不安はもとより、田中が自民党政調会長時代に党の先頭に立って大蔵省が乗り気薄だった「新産業都市建設促進法」の成立に旗を振るなど、財政を無視したかのような積極経済路線の人物としてのそれがあった。
 しかし、田中は蔵相就任が決まった直後の記者団からの質問に意気軒高、こうまくし立てたのだった。
 「まァ、今度は(政調会長と異なり)受けて立つ側ということだ。責任の重大さは感じていますよ。大蔵省の伝統にもとけ込んでいきたいですナ。でもねェ、わたしゃ『勇み足、勇み足』って言われるけど、今までそんな勇み足やっちゃいないんだ。もちろんわたしゃ政策的には積極論者だけど、自分で事業やっておったから辻褄の合わんことはやらんですよ。頭の切り替えなんて、どういうことないですナ。わたしゃね、大蔵省には12、13年前から出入りしておって、まァ無給嘱託みたいなもんだったしね」

 7月18日。皇居での大蔵大臣としての認証式を終えた蝶ネクタイ姿の田中は、その足で薄暗く重厚な大蔵省庁舎の講堂に向かった。講堂には事務次官以下幹部はもとより、一般職員までも立すいの余地なく詰めかけていた。「人生は50歳までで勝負が決まる」が口癖だった田中の、一世一代の大臣就任演説が始まった。このときの演説は「角栄節」として人気抜群だった田中の幾多の演説の中でも、大演説、名演説として残っている。以下、その全内容である。
 「私が田中角栄であります。皆さんもご存じの通り、高等小学校卒業であります。
 皆さんは全国から集まった天下の秀才で、金融、財政の専門家ばかりだ。かく申す小生は素人ではありますが、トゲの多い門松をたくさんくぐってきており、いささか仕事のコツは知っているつもりであります。
 これから一緒に国家のために仕事をしていくことになりますが、お互いが信頼し合うことが大切だと思います。
 従って、今日ただ今から、大臣室の扉はいつでも開けておく。我と思わん者は、今年入省した若手諸君も遠慮なく大臣室に来てください。そして、何でも言ってほしい。上司の許可を取る必要はありません。できることはやる。できないことはやらない。しかし、すべての責任はこの田中角栄が背負う。以上!」

 名優はまさに「出」が大事。これを機に、大蔵省の空気は一変することになるのだった。
(以下、次号)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材46年余のベテラン政治評論家。24年間に及ぶ田中角栄研究の第一人者。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書、多数。

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