シャープ誘致に関し、当時の様子を知る元市会議員はこう語った。
広大な敷地に工場が建つと周辺には従業員相手の商店や飲食店、アパートが建ち並び、活況を呈する。これに比例して人口も増加、ピーク時の1996年には3万7000人に達した。
白もの家電の他、テープレコーダーなども手掛け、家電ブームに乗って工場はフル稼働。そのため地元貢献の一環として工場に市民を招き、花見やら花火大会を催し「オラが町のシャープ」というイメージ定着を図ってきた。矢板市役所をはじめ公立学校、病院、郵便局、金融機関などは、当然のごとくシャープ製品を積極的に導入。市民の中には家電はオールシャープという家庭も多い。
「シャープあってこその矢板であり、恩恵を受けているので、シャープの製品を使っているのはその恩返しという意味もあるのです。何しろ多いときには3500人もの従業員がいたし、固定資産税や市民税などで5億円からの税金が市の金庫に入る大きな財源ですからね」(前出・元市議)
矢板市の場合、自主財源が歳入の約5割を占めているのはこのせいだろう。地方交付税や国庫補助、あるいは公債などヒモつき財源で苦しい台所事情をやりくりしている自治体も少なくない中で、5割もの自主財源が確保できるのも大手企業のシャープという強い味方がいるからだ。それだけに、同市にとってシャープはまさにかけがえのない大黒柱。シャープの存在しない矢板市など想像できないと言っても過言ではない。
しかし、シャープの緊迫した事態は、鴻海傘下での再建によって一件落着というわけにはいかない。シャープの本丸ともいうべき大阪市阿倍野区の本社ビルは、家具販売大手のニトリに売り払うことがすでに決まっている。何よりシャープは、今年の8月1日に約60年間維持してきた東証1部から2部に降格する。2016年3月期に債務超過に陥ったことが、1部の上場基準に抵触したためだ。
「2部に留まれるかどうかも相当に厳しい。ルールでは、1年以内に債務超過を解消しないと上場廃止になるからです。鴻海の出方によっては市場からの退場もあり得ます」(経済記者)