1月1日、在英脱北者団体が仕掛けた「北朝鮮亡命政府に金平一擁立の声高まる」と書かれたビラが韓国から北朝鮮に向けて飛ばされた。また、米韓日など世界各国の18の団体のネットワークで構成された『人権と民主主義のための国際北朝鮮協会』は、亡命政府の指導者として正男氏を候補として挙げていた。
正男氏自身は過去に「世襲反対」を明言しており、亡命政府首班への推戴を受け入れないことを表明していたが、しかし、加担を疑われて正恩委員長に暗殺された可能性は捨て難い。
「それが証拠に反体制派や脱北者を摘発するはずの保衛省のトップ金元弘が1月下旬に突如解任され、次官級の幹部が多数処刑されています。国外にいる脱北者団体にやすやすと行動を起こされたことに、正恩が怒り狂ったからとみられています」(在日韓国人ジャーナリスト)
それにしても、こうたやすく暗殺されたのには疑問が残る。正男氏には北京在住の本妻の他に2人の妻、子供が計4人いるとされ、いずれも中国当局の身辺警護を受けているとの報道もある。マレーシアには40代前半の中国系シンガポール人の“内縁の妻”が住んでおり、この女性に会った後マカオに向け出国するわずかな隙を狙われたようだ。
「中国当局は正男が東南アジアを移動する際には護衛チームを送り、万全の警護態勢を敷いていました。しかし、今回はなぜか護衛はいませんでした。そこで、中国側は護衛を外すことで、正男の暗殺をほう助した可能性があるのです。現地警察も今回の暗殺でカギを握るのは、マレーシア在住のこの“女”とみて、その行方を追っています」(在マレーシア通信記者)
折しもTHAADの韓国への配備決定で、昨年から中韓関係が悪化したことから、中国共産党内では北朝鮮との関係修復のため、年内にも正恩委員長を訪中させたいという思惑が広がっていた。
「それには二つ障害物を取り除かなければなりません。一つは北朝鮮が核実験をしばらく実施しない確約を取ること。もう一つは、正男に消えてもらうことでした」(在日中国消息筋)
中国政府が正男氏を手厚く保護したのは“金王朝の嫡男”を手元に置くことで、正恩委員長に「トップを正男に代える準備はある」と常にプレッシャーを与え続けることができるからだ。逆に言えば、それは関係修復の妨げになる。
一方、さもありなんと思わせる動機として、正男資金の強奪だ。彼は正恩委員長からの資金リストを携えての帰国命令を無視した。
「張成沢の死刑判決文には、『石炭をはじめとする貴重な地下資源をむやみに売り飛ばし、羅先経済貿易地帯の土地を50年期限で中国に売り飛ばすという売国行為もためらわなかった』という中国批判以外に『年間460万ユーロ(約5億5000万円)以上を秘密金庫から引き出した』とあり、このうち2億〜3億円が正男に流れていたと正恩は見積もったのです。また張成沢が、マレーシアやパナマのタックスヘイブンに逃避させた信託資金は2億1900万ドル(約220億円)にも及ぶとも信じられている。それに正日は、正男を後継者にできなかったことを不憫に思い、資産を海外に移したとも伝えられています。外貨不足に悩む北朝鮮にとって220億円は大金です。兄を殺した正恩は、今頃、彼の秘密資金を血眼になって探し回っているはずです」(前出・消息筋)
カインとアベルは、旧約聖書『創世記』に登場する兄弟のことだ。カインはアベルを殺害するが、親の愛を巡って生じる兄弟間の心の葛藤を指す“カインコンプレックス”は、この神話から名付けられた。正恩委員長の心にも、それが根強く横たわっていたのだろう。