映画の撮影地はジャングルと巨大都市が混在する国ブラジル。進化のあまり構造化し過ぎた大都市サンパウロと、原始の面影が色濃い密林地帯の双方でロケが行われた。
「サンパウロって街はブラジルを代表していない、退屈な街だったよ。地元の人によると何の個性もない街だって話だ。密林地帯の撮影現場はアマゾン川流域に見えて、実はアマゾン川じゃない。まあ、どこへいっても密林だらけだから、それっぽく見えるんだけどね」
彼の演じるユダはアマゾンのジャングルで、日系ブラジル人の子供キリンを拾う。成長したキリン青年を演じているのがオダギリだ。ユダはサンパウロにあるリベルターデという場所でショッピングモールを仕切っており、そこでキリンは闇稼業にいそしんでいる。このリベルターデという街は世界最大規模の日系移民街。さまざまな民族が集まる場所だ。
「危険な場所だって聞いていたけど、特に危ない感じはしなかったなぁ。たぶん別な場所に宿泊していたからだろうけど。でも、リベルターナに滞在していた撮影クルーは、怖くて夜は外出できなかったって。銃声が聞こえたりして」
ブラジルという国へ行ったのも、オダギリと共演したのも、ユー・リクウァイ監督と一緒に仕事したのも、すべて今回が初めて。戸惑いなどはなかったのだろうか。
「現場で困ったりしたことは特になかったね。ブラジルって、ある意味すべてが混乱している国。映画の撮影自体が、いつも同じように混乱しているから。ロケ地にせよ食べ物にせよ、撮るたびに異なるものばかり。だからもう慣れてるよ。唯一言えることは、その環境に楽しく順応できるかどうかがカギだってこと。今回? マァマァデス(笑)」
ショッピングモールを狙う商売敵たちがユダを失脚させようと画策。頑として取引に応じようとしないユダは、政府や警察を巻き込んだ密謀の前に命まで狙われる。
「僕がユダを演じて分かったのは、彼の生き方や商売のやり方はガンコおやじそのもので、時代から消えていく運命にあるってこと。でも、監督は“滅びの美学”みたいな境地の高みで演出している。監督が描こうとしているユダと、僕が思い描いているユダは全く違うものだと思う。でも、両者の違いをどうこう言うのは、あまり意味がないことなんだよ」
ラストシーン、密林の中でキリンはユダを刺し殺し、川の中へと姿を消していく。だが、なぜキリンは刺したのか? ユダは刺されたのか? 理由は明確に提示されない。
「もともとの設定だと、キリンが川に入って出て来たとき、彼の刺青はキレイに消えているんだ。僕にとってこのシーンは洗礼だと解釈できる。ユダの死によって命がキリンに乗り移り、新たな命が生まれたってことだ。でも、シーン自体を撮影してないから、この意図が観客に伝わるかどうかは分からない」
ここに先ほど言及した“監督と役者”両者の違いがあるのだという。
「自分は役者なので演じるだけ。監督がフィルムを編集して初めて映画として完成する。だから、シーンごとの意味を役者に聞いても、あまり意味がないんだ。シーンの解釈は監督の視点から説明されるべきだからね」
日本人俳優との共演は香港映画「風雲ストームライダーズ」(98)での千葉真一以来。今回オダギリを通じて見た日本の若手俳優の印象は、基本がしっかりしていることだという。
「とにかくオダギリはプロフェッショナル。とても魅力的な俳優だし、仕事にまじめに取り組んでいる。彼からは日本人の味がするね」
05年には日本の漫画が原作の映画「頭文字(イニシャル)D」にも出演している。ただ、これは香港映画。もし日本の映画界からオファーが来たら出演するのだろうか。
「当然うれしいとは思うよ。でも、配役、脚本、共演者…さまざまな要素があるから、単純に喜ぶわけにはいかない。それらの内容によるかな。ただ、日本映画に出演することになれば半年ぐらいは日本に滞在できるからね。それはそれで楽しいだろうけど」
最後に読者にメッセージをお願いします。
「ぜひ僕の映画を見に来てください。じゃないと映画に出演する機会がなくなってしまう。特に女性の皆さん、応援よろしくお願いします(笑)」
<プロフィール>
ANTHONY WONG 中国名=黄秋生。1961年生まれ、香港出身。父は英国人、母は中国人。84年にテレビ局RTV俳優養成所を経て、85年に香港演芸学院演技科一期生に。同年「花街時代」で映画デビュー。93年「八仙飯店之人肉饅頭」と98年「ビースト・コップス/野獣刑警」で香港電影金像奨最優秀主演男優賞を、03年「インファナル・アフェア」で同賞助演男優賞を受賞。昨夏公開の「ハムナプトラ3/呪われた皇帝の秘宝」にも出演。