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田中角栄「怒涛の戦後史」(4)最大の親友・入内島金一(上)

 人は多くが、長い人生の中でその“濃度”はともかく、親友と出会う。しかし、本当に心を許せる親友を持つことは、実際は一生に一人がいいところだろう。親友があちこちにいるなどという話は、あまり聞いたことがない。

 なぜなら、最大の親友を指す言葉に「刎頸の友」というのがあり、これは、たとえ首を切られても悔いのないほど生死を共にする親しい仲を示しているのだが、人間、首は一つしかない。だから最大の親友、すなわち刎頸の友は、一人しかできないという理屈になる。田中角栄にとっての唯一無二の刎頸の友が、この入内島金一であった。

 本連載の以前の号で取り上げた、メディアが田中との関係を刎頸の友として報じた天才事業家の小佐野賢治は、じつはこれに当たらない。田中と小佐野との関係は、似たような境遇から同世代を生き抜いてきた戦友的、あるいは同志的なシンパシーの共有にとどまったと見るべきである。入内島こそ、刎頸の友として長く田中の心の支えとなった人物だったのだった。

 昭和9(1934)年3月、数え16歳の田中は青雲の志を抱いて上京、群馬県高崎に本社を置く土建会社の井上工業東京支店に、小僧として住み込みで働いた。そこに田中より2歳上、先輩の小僧として働いていたのが入内島だった。

 入内島は群馬県の出身。田中同様に尋常高等小学校を出て家業の土建屋を手伝っていたが、小僧をしながら技術を身につけるため、新宿にあった夜学の工学院土木科に通っていた。一方、田中も入内島同様、昼は小僧として働き、夜は神田の中央工学校土木科で学んでいた。

 二人の小僧としての仕事は、約50坪あった井上工業社屋の毎日の掃除、工事現場への作業員の手配、確保などのほか、現場での作業である。時に、手配したはずの作業員が集まらず、二人で船から瓦を担いで倉庫へ運ぶ沖仲仕まがいなことまでやった。

 この二人の屁っぴり腰を見ていた現場の親方が「腰だ。腰を入れろ」と叫んだが、田中にこの言葉は強く焼き付いたようだった。のちに田中は「人生、何でも大事なのは腰だ」と、腰の入らぬ選挙運動、議員活動をやっている若手議員を一喝したものだった。田中はどんな仕事からでも、「人生」をすくい取る名人だったということである。

★夢を語る日々

 こうした苦しい仕事ではあったが、二人は新潟と群馬という隣接する地の出身であることや、境遇もいささか似ていたことで、すぐ親しくなった。

 田中は性格も陽気、磊落な入内島と妙に気が合い、共に夜学から帰ったあと、休日には深夜まで酒を飲んで夢を語ることもしばしばだった。当時の田中は色白のなかなかの文学少年で、「小説家になりてぇ」と熱っぽく入内島に語ったこともあったという。

 ここで、異な話に触れておく。井上工業は群馬県に本社があったと記したが、なんと、のちに田中と「角福総裁選」で天下を争うことになる同じ群馬出身の福田赳夫が、この次期に井上工業高崎本社の社員から、偶然、東京支店で働く田中少年の評判を耳にしていたそうなのだ。

 それによると当時の田中少年は、井上工業では「角どん」と呼ばれ、仕事は熱心、向学心も並々ならずということであった。時に、福田は大蔵省に入省5年目で横浜税務署長を経て、人事異動で陸軍省担当という当時のエリート中のエリートの事務官(注・現在の主計官)であった。

 小僧と大蔵省の重職、まさに“雲泥の差”の立場だったが、40年近くの歳月を経たあとこの二人が天下を争うのだから、奇縁と言えばこれ以上のものはない。

 さて、その田中は、間もなく井上工業を辞めるハメになる。小学校の屋根にスレートを敷く工事のさなか、田中は誤ってスレートを割ってしまった。失態として現場監督からなじられ、もともと短気な田中は言い合ったあと、さっさと井上工業を辞めてしまったのだ。

 田中はこのとき入内島から、当座の生活費としてわずかばかりのカネを借りた。これを元に、次は職さがしである。新聞広告を頼りにまず入ったのが保険の業界紙、そのあとは高砂商会という貿易商と転々だったが、向学心は衰えることがなかった。中央工学校土木科に通う一方で、同じ神田の研数学館、英語学校にも通うなど勉強に励み、手を抜くことはなかった。

 かくて、田中と入内島の交流は、田中が井上工業を辞めたところで、いったん途切れた格好になったが、戦後、復活を果たすことになる。

 田中の中に、常に苦しさを分かち合った若き日の光景が浮かぶ。刎頸の友と宿命的な出会いを果たし、田中にとって入内島の存在は終生の心の支えになるのである。
(本文中敬称略/この項つづく)

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【著者】=早大卒。永田町取材49年のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『愛蔵版 角栄一代』(セブン&アイ出版)、『高度経済成長に挑んだ男たち』(ビジネス社)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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