安くて、美味くて、居心地のいい店発見と小躍りしたら、壁になぎら健壱氏(歌手)の色紙がありました。さすがです。さすがといえば、日曜朝のNHKラジオで週に一度、本業であられる日本フォークソングの歴史を、立て板に水と喋り倒す番組、わたし愛聴しております。歌のみならず、弁のみならず、筆も立つ氏の、酒場エッセイの愛読者でもあります。
氏がなぜか、自ら呼び込んでしまう厄災に最初、徹頭徹尾、翻弄され、七転八倒するうちに、事件が笑いへと昇華してゆく過程を逐一、綴る文章は、他の追随を許しません。居酒屋本のジャンルの草分けともいえる、四半世紀前に書かれた「東京酒場漂流記」の「牛のシャレコウベにバーボンを」という章などは、骨だけに不朽の名作でしょう(というレベルの駄洒落は、氏はテレビのバラエティ番組でしかやらない)。
たけちゃんこと、ご亭主の竹田さんは大阪の出身。大阪本店の出店(でみせ)とおっしゃるから、たけちゃんグループの東京進出のアンテナショップというわけだ。極太長大の揚げ箸が、いかにも頼もしい。
初心者なので、8本で1050円というセットをお願いする。次々に揚げてくれるから、ドンドンパクパクいただいて、もう終わりかと思ったら、さらに2本トレイに届いた。どて焼きは、セットには含まれないので別注文。たけちゃんが先ほどらい、焦げないように何度も串を返しつづけていたそれらしきものが、それでした。
くし刺しのもつを薄い味噌ダレで煮詰めたもの。これなら確かに、大阪の通天閣下で方面案内人に先導されてつまみました。たけちゃん、やおら長さ1メートル、直径15センチのハムの丸棒を取り出しました。厚からず、薄からず、丁寧に1枚1枚輪切りにしてゆきます。それを半分に切った半月形の揚げ物が、どうしてこんなに旨いのか、わたしにはわかりません。拍子木型に切ったコンニャクの揚げ物も、なぜこうも後を引く美味しさなのかわかりません。
慶応の学生でしょうか、4、5本つまんで出てゆきました。彼らは慶応義塾を「塾」と呼ぶそうです。内内しか通じない符丁に快感があるのでしょうな。42年前の入学試験に落とされたから、根に持って言うのではありませんですよ。立ち食いのカウンターの欠点は、3人以上の会話ができないこと。「塾」帰りの教師や学生を投網(なげあみ)にかけるべく、たけちゃんの奥の間には、4人掛けテーブルが4卓用意されてます。さすが大学キャンパスのお膝元。そういうわけで、大人数さまでも慶応(OK)です。
予算1500円
東京都港区芝5-20-19