東京・銀座の老舗デパート、松屋に市場関係者が熱い視線を送っている。
消費税引き上げ直前の3月20日には756円に低迷していた株価が、3カ月後の6月18日には年初来高値の1205円と、一気に6割も上昇した。この時点でライバルは三越伊勢丹1%増、高島屋1%安、Jフロント2%安と、消費増税への反動懸念から各社とも株価は低迷している。
その後、松屋の株価は1100円台半ばで一進一退を続けているとはいえ、市場の評価では明らかに同社の“独り勝ち”である。関係者が「なぜだ」と、株価急騰の舞台裏を詮索するのも無理はない。
何せ松屋は株買い占め戦線に名を連ねてきた歴史を引きずる。2005年には物言う株主で知られた『村上ファンド』が発行済み株式の4%近くを取得、「松屋に対し、マネー錬金術の勝負を挑むのではないか」と世間の注目を集めた。その後、村上ファンドはニッポン放送、TBSの株買い占め戦線にシフト、保有した松屋株を海外ファンドに売却した。
引き取った青い目ファンドは新たに株を買い増した上で「乗っ取りに向け、さまざまな揺さぶりを仕掛けたが、結局は失敗した」(情報筋)。その直後には「ユニクロと中国の家電大手蘇寧電器が水面下で争奪戦を演じている」とのアングラ情報が飛び交うなど、その意味では“有名企業”だ。
道理で今回、市場が色めきたったわけである。それにしても、なぜ松屋はこうも標的になりやすいのか。
M&Aに詳しい法曹関係者は「銀座の一等地に店舗を構えていることが大きい」と指摘する。松屋は銀座本店と浅草店を構えるが、収益の大半は銀座本店が稼ぎ出す。しかし、土地の含み益など銀座本店の資産価値が「1500億円〜2000億円」とみられているのに対し、企業の市場価値を示す時価総額は現在600億円〜630億円で推移している。法曹関係者が続ける。
「株式の過半数を握れば経営権を奪取できる。つまり300億円投入すれば、その5倍から7倍近い資産が転がり込む。乗っ取り屋にとって、これほどオイしい話はありません。あのプライド高い三越が格下と看做していた伊勢丹と統合したのも、本当は松屋同様、乗っ取りリスクにおびえていたからです」
もっとも松屋は過去の経験から乗っ取りに備えた買収防衛策を敷いている。しかし20%ギリギリまで株を買い進めた投資家から執拗な揺さぶり攻勢を受ければ、防衛策を導入した企業は悲鳴を上げる。松屋の場合、規模では三越伊勢丹などに見劣る上、強力な後ろ盾もない。だからこそ同社株の“独り勝ち”に、不吉な影を読み取る関係者は少なくない。
一方、これとは対照的に楽観的な見方もある。東南アジアを中心に来日する観光客が増えていることだ。
東京・銀座は彼らの観光ルートで、恩恵を最も受けやすい。そんな地の利に加えて同社は4月に地下1・2階の“デパ地下”食品売り場を24年ぶりに大規模改装した。食品は10月から、外国人観光客を対象に消費税が免税になる予定。このため松屋銀座本店も新たに免税カウンターを設置して一層の利便性を高めるとしている。
「外国人観光客は銀座で集中的に買い物する傾向があり、これに狙いを定めた作戦が的中した格好」(証券アナリスト)
消費税増税にもかかわらず、銀座本店は5月の月次売上高が前年同月比6.7%増(浅草店を含むトータルでは5.4%増)と高い。他社は依然売り上げ低迷に苦慮しており、松屋の好調が際立つ。
「免税売上高は売上高全体の5%に達し、国内デパートでは群を抜く。ルイ・ヴィトンなど海外高級ブランドを多数そろえたことが訪日客の取り込みにつながっている。'20年には東京五輪があり、メーン会場の晴海に近いことも魅力。現在、国別では、成金が多い中国人が6割を占めている。こうしたことが株価急騰の大きな要因とされています」(同・アナリスト)
ナルホド、ご説ごもっともだが、大手証券の投資情報担当者は「中国政府がこの1年間で保有する日本国債を一気に6兆円減らしたことが『なぜだ』と憶測を呼んでいる」と前置きし、こんな見立てを披露する。
「日本国債を減らした分、どこかで運用しているでしょう。その一部を取り崩して松屋株に振り向ければ、中国は『第2の村上ファンド』に躍り出る。尖閣諸島は簡単に手に入らないが、これならば銀座の一等地が“中国領”になる。中国政府が表に出ることで波風が立つならば、蘇寧電器などのダミーを使う手だってある。油断も隙もありません」
松屋に中国国旗が翻る。そんな日が来るかもしれない。