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世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第198回 超国家組織『規制整合性小委員会』

 今年の6月23日、イギリス国民は国民投票において、EU(欧州連合)からの離脱という決断を下した。投票結果を受け、辞任したキャメロンの後を継いだテリーザ・メイ新首相は、11月6日に英サンデー・テレグラフ紙に寄稿し、
 「国民投票での離脱決定を全面的に実行することが政府の責任だ」
 と、表明した。

 なぜ、イギリス国民の多数派がEUからの離脱を決断したのかといえば、国民主権を取り戻すためである。とにかく、イギリスはEUに加盟している限り、東欧諸国からの移民を制限することはできない。何しろ、東欧諸国はすでにEUに加盟しているからだ。
 さらに、イギリス国民はEU主要機関の拠点ブリュッセル(ベルギーの首都)の官僚たちが押し付けてくるさまざまな規制・法律を、そのまま受け入れなければならなかった。EU加盟国であるイギリスは国民の主権に基づき、外国人流入を制限する、あるいはブリュッセルが決定した規制や法律を拒否することはできない。そもそも、EUとは国民主権の上位に立つ「超国家組織」なのである。
 超国家組織EUの決定は、イギリスの国民主権では変更することが不可能なのだ。イギリス国民が自らの主権に基づき、政治を決定するためには、EUから離脱するという道しか残されていなかったのである。

 さて、TPPだ。TPPは、それ自体が「規制緩和」ではあるが、さらに踏み込み、国家を超えた超国家組織が各国の規制を緩和、撤廃していく機能が含まれている。
 例えば、TPPの第二十五章は「規制の整合性」だ。
 「規制の整合性」は各締約国の主権はある程度は認めつつも、「規制措置を策定する手続きに関する機関相互間の協議」などにより、各国は規制の整合性を円滑に実現することを求めている。

 TPPが発効すると、各国はまずは規制について全面見直しを求められ、
 「日本の国内規制に関して、なぜそこまでやらなければならないのだ」
 という感想を覚えること必至の状況になる。しかも、超国家組織である「規制整合性小委員会」が設置され、各国の規制をチェックし、規制の簡素化や廃止を要求してくることになるのだ。小委員会においては、利害関係者(要はグローバル企業)が意見を提供する継続的な機会が与えられる。

 分かりやすい例を挙げておくと、例えば、小委員会で日本の「遺伝子組み換え作物に関するパッケージ表示」という規制がやり玉に挙がれば(挙がるだろう)、日本は規制措置の必要を説明し、小委員会からの規制の廃止要求を受けないように「努力」しなければ、パッケージ表示の規制を維持できなくなってしまう。
 製品パッケージに遺伝子組み換えを使っているのかどうか、表示を義務付けるか否かは、日本国民の勝手である。とはいえ、遺伝子組み換えの使用をパッケージに表示されることで、ビジネス上の利益拡大が妨害される企業(例:モンサント=多国籍バイオ化学メーカー)にとっては、そうではない。というわけで、TPPが発効になれば、日本の遺伝子組み換え表示について規制整合性小委員会が取り上げることは確実である。

 日本国内の規制について、なぜに外国の機関やグローバル企業の顔色をうかがわなければならないのか、と思った読者が少なくないだろうが、そもそもTPPとはそういう協定なのである。現状の条文のままTPPが批准され、アメリカの議会も通り、発効してしまうと、われわれは6・23国民投票前のイギリス国民と同じ思いを抱き続けることになるわけだ。
 「なぜ、日本国内の法律や規制を日本国民の主権に基づき、決められないのか。なぜ、外国企業や小委員会の意向のままに、国内法を変えなければならないのか」
 と。

 超国家組織「規制整合性小委員会」は、各国の規制改革組織、日本からは(恐らく)規制改革推進会議のメンバーが委員として参加し、各国の規制の簡素化や廃止を求めていくことになる。先述の通り、規制整合性小委員会に対し、グローバル企業が「意見」を出すことも可能だ。
 日本の場合、大きな懸念として、規制改革推進会議が「日本国内の構造改革」を推進するために「規制整合性小委員会」を活用してくるという問題がある。

 以前も取り上げたが、規制改革推進会議は「生乳流通の自由化」という規制改革を推進している。現在の日本において、生乳は指定農協団体が集荷・販売を独占し、生産量や用途を決めている。この現在の制度を変更し、酪農家が生産を増やす機会などを多くし、経営努力の意欲向上を促すとのお題目で、生乳流通の自由化が推進されようとしているのだ。
 とはいえ、指定農協団体には、日本の酪農家を守るための重要な役割がある。指定農協団体は、「小さな生産者」である酪農家のパワーを束ねることで、大手流通・大手小売のバイイングパワーに対抗しているのである。
 それにもかかわらず、規制改革推進会議は、例により「指定農協団体という既得権益が原因で、バターやチーズの価格が高止まりしている」と国民のルサンチマン(恨みの念)に訴えかけ、自由化を実現しようとしている。

 TPP発効後、生乳の指定農協団体などの抵抗が激しく、規制緩和がなかなか進まない場合、「誰か」が案件を「規制整合性小委員会」に「上申」し、
 「TPPの規制整合性小委員会の結論として、生乳流通は自由化するべき」
 と、外圧として利用されるケースが頻発するのではないか。国内の構造改革派が「規制整合性小委員会」を「外圧」として、規制緩和を推進しようとするわけだ。まさに、国家を超える「超国家組織」が、日本の国の形を変えていくことになる。

 この種の事例が相次ぐと、やがて日本国民は、ようやく「主権」の重要性に気が付き、国民主権に基づく政治を求め始めることになるだろう。とはいえ、TPPに加盟している限り、どうにもならない。
 というわけで、10年後には、日本国民はイギリス国民同様に主権を求め、TPP離脱の国民投票を実施する羽目になるのではないか。改めて考えても、わが国は本当に「周回遅れ」である。

みつはし たかあき(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、分かりやすい経済評論が人気を集めている。

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