その理由の一つは、そもそもドイツでは優先席に優先でない人が座っていても、お年寄りなど優先席を必要とする人が乗ってきたら、周りの人たちは「今、優先席に座っている人は席を譲るだろう」と思うからだ。そして実際、席を譲る。ドイツでは優先席はもちろん、全ての席で優先席を必要とする人に席を譲るのが当たり前という雰囲気があり、小さい頃からその雰囲気の中で生活している。
「ドイツ人は席を譲ることがかっこいいことや、いいことだとは思っておらず、彼らの生活ではごくごく普通のことなのです。ドイツではタトゥーが入ったいかつい若者が席を譲る光景もよく見られますよ。逆に言えば、そういった若者も席を譲る光景が普通なので、優先席に座っていても『お年寄りが来たら席をどくんだろうな』などと思われ、優先席に座っていることに対し、嫌悪感を抱かれることがありません」(ドイツ在住の日本人)
また、仮に優先席に優先でない人が座っていて席を譲らなかったとしても、優先席を必要とする人自身が主張することも珍しくはない。お年寄りやおなかの大きい妊婦は見た目で分かるが、体調が悪かったり、妊娠初期で見た目では分からない場合、自ら主張して席を代わってもらうこともある。
「生理痛がひどいので席を代わってくださいと言われたこともありました。ドイツでは言わなければ分からないという文化があるので主張するのは当たり前。優先されるべき人に気付かず、席を譲らなかったとしても周りは『必要なら自分でお願いするだろう』と思っています」(前出・同)
また、仮に優先席を必要とする人が席を譲ってほしいと言わなかったとしても、必要そうであれば、周りが席を譲るように促すこともある。だが、優先席を必要とする人がいたら言えばいいと思っているので、優先席を必要とする人が車内に乗ってくるまでは誰が座っていようと気に掛けることは少ない。
「若者が優先席に座り、お年寄りが立っていたら周りが『あなた、譲ってあげて』と促す光景も珍しくありません。若者と中年男性が座っていた場合、年齢が若い若者に促すことが多いですね。ですが若者も周りも気まずそうにはしません。『お年寄りがいることに気付かなかったんだろうな』くらいに思っています」(前出・同)
ドイツでは、優先席が必要な人には何かしらの方法で席が譲られる雰囲気があるようだ。そこには空気を読むのではなく、“必要なときは主張するほうが早い”というはっきりとした国民性も関係しているようだ。