厚生労働省は2004年から’17年という長期にわたり、毎月勤労統計調査に際し、従業員500人以上の企業について、本来は全数調査のはずが、東京都では3分の1しか調査していなかった事実を認めた。これは読者の想像以上に重大な問題なのである。何しろ、毎月勤労統計調査は、国民経済で最も重要な指標であるGDP(国内総生産)の統計や、政府予算の「前提」になっているのだ。
毎月勤労統計調査に「嘘」があったということは、GDP統計や予算も間違っていたということになってしまう。さらには、すでに支払われた雇用保険についても、正しい金額が支払われなかったという話になってしまうのだ。また、総務省は’18年11月分の消費動向指数について、指数作成の際の家計消費単身モニター調査を受託しているインテージリサーチが、調査対象の年齢区分に関して誤りがあったと報告したため、公表を見合わせた。
国家の現実を映し出す「統計」が揺らいでいる。
ちなみに、安倍政権は過去の日本の内閣と比べても、統計マジックを多用する傾向が強い。例えば、’14年には社会資本特別会計(6000億円)を公共事業の当初予算に組み入れた。結果的に、公共事業の当初予算が民主党政権期と比べて「大きく見える」状況になったのである。
問題の社会資本特別会計による「嵩上げ」分を外に出したグラフが、図である。恐ろしいことに、安倍政権は「コンクリートから人へ」などとバカげたスローガンを掲げていた民主党政権初期(鳩山内閣5.8兆円)よりも、公共事業に一般会計で予算をつけていないのだ。
社会資本特別会計の組み入れ分を除くと、’13年が5.3兆円。’14年に5.4兆円と1000億円だけ増やし、その後は’18年まで5.4兆円を続けた。安倍政権と民主党政権の違いは一つだけ、公共事業関係費の当初予算を「減らしていない」という一点のみである。(増やしてもいないが)結局は、安倍政権も基本的にはコンクリートからヒトへを継承していることが分かる。
安倍政権が’19年当初予算で公共事業費を6.9兆円に増やすということで、国内メディアが「10年ぶりの高水準」と煽っていたが、社会資本特別会計を除くと6.3兆円にすぎない。グラフの通り、’89年から’09年まで、公共事業費の当初予算が6.7兆円未満だったことは一度もない。
「10年ぶりの高水準」の公共事業費が、30年前を下回る水準というのが真実なのである。
あるいは、本連載でも取り上げた、賃金統計のサンプリングの入れ替えという統計マジック。別に、サンプルを入れ替えるのは構わないが、入れ替え後と入れ替え前を比較し「対前年比%」を発表しているわけだから、詐欺としか呼びようがない。安倍政権は、すでに韓国政府と争えるほどに「統計マジック」を駆使する政府に落ちぶれてしまったのだ。もっとも、冒頭の毎月勤労統計調査の問題は、’04年に始まっているため、小泉政権期からということになる。
具体的には、毎月勤労統計調査の不正により、日本の賃金が「低く見えていた」可能性が高いのだ。もっとも、’05年以降の対前年比%には影響しない。というわけで、安倍政権下で実質賃金が下がり続けているという現実は変えられないので、念のため。
さて、一連の統計の揺らぎについての「根幹」について考えてみよう。一つ、共通する点があることに気が付かないだろうか。毎月勤労統計調査について、全数調査でなかった問題は、給与が「低く見える」ことで、雇用保険の支払いを削減することができた。ついでに書くが、最も企業数が多い東京都で3分の1しか調査しなかったということは、相当な予算削減になっただろう。
公共事業に社会資本特別会計を上乗せすると、どうなるだろうか。もちろん「公共事業が増えている」と見せかけることができるため、公共事業削減の圧力をもたらすことになる。安倍政権が、
「公共事業を増やしている!」
と、誤解をしている国民が多い理由の一つが、社会資本特別会計の当初予算への組み込みなのだ。公共事業が実質的には増加していないにも関わらず、増えているように「見える」と、アンチ公共事業派は大喜びで「安倍政権の公共事業のバラマキ」といったレッテルで攻撃してくる(実際にしてきた)。
さらに、実質賃金のサンプル変更(厳密には、サンプル変更したにも関わらず、旧サンプルと比較している)は、実質賃金の上昇率を大きく見せかけることができるため、消費税増税の大いなる後押しとなる。実際には国民の貧困化が続いているにも関わらず、「高賃金のサンプル」と「低賃金のサンプル」を比較するため、当然の話として上昇率が高まる。
「はい、実質賃金が上昇している。消費税を増税する環境は整った」
というわけである。
要するに各種の統計の嘘の背景には、財務省の一連の緊縮政策が根幹にあるのではないのか。
何しろ、すべての「嘘の統計」が、緊縮財政の背中を押す方向に機能している。消費税増税を後押しするか、予算を削減するか、いずれかの効果が必ず発生する「嘘」なのだ。財務省主権国家である日本国は、緊縮財政を推進するためには、統計インチキもためらわない国家と化したのか。
統計の嘘は国家の現実を隠ぺいし、国家全体を揺るがす。筆者は、安倍政権(安倍政権以前からではあるが)のさまざまな統計の嘘が「普通の話」として受け止められ、誰も処罰されず、誰も責任を取らず、これまで通り嘘の統計が発表され続けるのではないか、そこまで日本は落ちぶれてしまったのではないか、という懸念を持っているのである。