『パラダイス・ロスト』(柳 広司/角川書店 1575円)
★島国的感性にとらわれないクールなスパイ小説
スパイが主人公の物語に惹かれる人は結構、多いのではないかと思う。有名なところでは映画の『007』シリーズがある。原作を書いたのはイギリスのイアン・フレミングだ。グレアム・グリーン、ジョン・ル・カレといった作家も優れたスパイ小説を書いている。海外の翻訳小説に興味があり、スパイものも読んでみようかなとふと思い、本屋で買う人は決して少なくないだろう。
本書は日本の作家が書いた秀逸のスパイ小説短篇集だ。規模の大きい国際的な舞台を背景にしてスパイの暗躍を描くのは日本人の資質に合わないのではないか、と思う人もいるだろう。やはりいい意味でも悪い意味でも、私たちは島国の住民であり、2000年をかなり過ぎた今であっても、つつましやかな小さな人間関係に注意が向かってしまうところがある。志賀直哉、井伏鱒二の小説を愛する気分はどんな世代も持ち合わせている。
しかし本書の作者・柳広司はそういう島国的感性から脱皮している。元々は実在した人物を主人公に据えた歴史ミステリーを書いていた人なのだが、2008年に刊行した短篇集『ジョーカー・ゲーム』で第二次大戦下のスパイを描き、高い評価を受けた。その続篇『ダブル・ジョーカー』に続くシリーズ3冊目が本書である。騙し騙されても屈しない、クールな男たちの活躍。その姿勢から学ぶことは多いに違いない。
(中辻理夫/文芸評論家)
◎気になる新刊
『帝国の時代をどう生きるか』(佐藤優/角川ワンテーマ21新書・760円)
外務省で活躍していた頃、今週号のインタビューにも登場している鈴木宗男氏から「外務省のラスプーチン」というあだ名をつけられた著者の最新本。新帝国主義体制ともいえる世界経済下で、どう生きればよいのかが示されている。
◎ゆくりなき雑誌との出会いこそ幸せなり
「生活費10万円で豊かに暮らす」という見出しに引かれて手に取ってみたのが、『いなか暮らしの本』(宝島社/780円)。都会から田舎へ引っ越した家族たちの生活ぶりが、こと細かにレポートされている。生活費の内訳から、保険料まで含めた年間の支出総額に至るまで金額をつぶさに掲載しており、ここまで“お金”にはっきりしているとリアルで説得力がある。「全国田舎物件」というコーナーでは、北海道から沖縄までの売家186軒も紹介。全て実際に販売中の物件だ。土地・延べ床面積まで記入されていて、住宅情報誌並みに詳しい。いなか暮らしの“理想”ではなく“現実”をしっかりと伝える、これがこの雑誌のポイントなのだ。理想ばかりを追い求めスローライフを試みたが、現実はそんなに甘くはなかった…そういうケースが多いのかもしれない。まずは住宅購入にどれだけの資金がかかり、日々の生活はどれくらい節約すべきかなど、シビアな暮らしぶりにこだわった誌面が充実している。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)
※「ゆくりなき」…「思いがけない」の意