黒田日銀は、4月4日に公表した報告書により、マネタリーベースを今後の2年間で約2倍に拡大することを明らかにした。3月末時点のマネタリーベースは約134.7兆円である。すなわち、今後の2年間は毎年70兆円前後の「新たな日本円」が金融市場に供給されることになるわけだ(2年後に約270兆円にする模様)。
さらに、日銀の国債買取(=通貨発行)に際し、通常の買い入れ枠と金融緩和向けの資産買い入れ基金の2方式を一本化することになった。結果、以前から問題視されていた「日銀券ルール」(長期国債の買い入れにおいて、長期国債保有額を日本銀行券発行残高以内に抑える)が事実上、撤廃となったのである。
ちなみに、基金方式の国債買取を日銀が導入したのは2010年である。白川前日銀総裁時代なのだ。恐らく、民主党から金融緩和要望を受けたものの、それでも日銀券ルールを守りたかった日銀は、金融緩和向けの国債買取を「別枠」とすることで、ルールの対象外にしたのではないだろうか。
通常の買い入れ枠と基金の双方を合わせると、日銀は昨年末で89兆円の長期国債を抱えている。日銀が発行している日本銀行券(要は現金)は87兆円であるため、すでにして日銀券ルールなど守られていなかったのだ。
そもそも経済政策的に、あるいは会計的に意味不明な日銀券ルールという「呪縛」が外されたことは、相当に影響が大きい。もっとも、厳密には日銀は日銀券ルールの「一時適用停止」方針を決めただけであるわけだが、有名無実化するなら構わないだろう。
大々的な金融緩和を始める時期については、以前の政府との共同文書では「2014年から」となっていたが、今回の政策決定会合で「4月5日から」となった。来年ではなく、金融政策決定会合の翌日から始まったのだ。
さて、アベノミクスの「第一の矢」である金融政策は、まさに当初の公約通り「大胆に」始まったわけだが、少なくとも株式市場はこれを「是」とし、実際に株価が上昇した。これを受け、日本国内で、
「株価が上昇するだけで、国民の所得が増えたわけではないではないか。結局、アベノミクスはおカネ持ちに得をさせるだけの政策だ」
あるいは、
「金融政策でインフレ率を上昇させるといっても、物価が上がるだけで庶民の暮らしは良くならないではないか」
といったアベノミクス批判の声が高まってくるだろう(すでに始まっているが)。これらの批判は、資産(ストック)と所得(フロー)を混同した、極めて悪質なものである。
まず、株価がどれだけ上昇しても、国民の所得は増えないことは確かだ(証券会社の手数料収入は除く)。株価上昇とは、株式という金融資産におカネが集まり、ストック(資産)の価値が上昇しているに過ぎない。
とはいえ、そもそもアベノミクスは株価上昇(あるいは円安)を目的としていない。もちろん、結果的に株価上昇や円安が進行するだろうが、目的はインフレ率の上昇と雇用環境の改善、そして国民の所得の増加なのだ。株価上昇や円安は政策の「過程」を示しているに過ぎない。
それでは、本来の目的である国民の所得改善を達成するためには、どうしたらいいだろうか。現在の日本はデフレが深刻化しており、国民は所得縮小に苦しんでいる。国民の所得を増やすには、どうしたらいいか。それは「所得生成のプロセス」を考えれば、誰にでも理解できる。
所得とは、国民が働き、モノやサービスを生産し、誰かが消費や投資として購入するという一連の「所得生成のプロセス」が完成しないと生まれない。この所得生成のプロセスのことを、「実体経済」と呼ぶ。実体経済において物価が上昇(モノやサービス価格上昇)するとは、国民の労働の「価値」が高まることでもあるのだ。
おわかりだろうが、株式とは「モノ」でも「サービス」でもない。株価が上昇しても、国民の所得水準が改善するわけではない。
なにしろ、株式市場に投じられたおカネは、モノ、サービスの購入ではないのだ。すなわち、国民の労働で生み出された財産ではない。
日銀の通貨発行は、主に国内の銀行に対して行われる。日銀が発行したおカネが、そのまま銀行で凍りつき、モノやサービスの購入に回らなければ、物価は上昇せず、国民の所得改善もない。
すなわち、日銀が発行したおカネを「誰か」が借り入れ、所得になるように使ってくれなければならないのだ。
通常の国において、銀行のおカネを借り入れ、主に投資として使う「経済の主役」は企業だ。ところが、デフレの国では企業の投資効率が下がり、銀行融資や投資が増えない。というよりも、企業が借り入れを増やさず、投資を拡大しようとしないからこそデフレが継続するのだ。
デフレから脱却し、国民の所得を増やすためには、中央銀行が通貨を発行する(=国債を買い取る)と同時に、政府が財政出動として「国民の所得になるように」使わなければならないのである。ゆえに、アベノミクスの第二の矢は「機動的な財政出動」となっているわけだ。
不思議なのは、「金融緩和をしても株価上昇で金持ちが潤うだけ」と批判するマスコミが、決して「だからこそ、政府は財政出動を急げ!」とは言わないことだ。
日銀が発行したおカネを政府が設備投資減税、東北復興や国土強靭化を目的とする公共投資として支出すれば、確実に「誰か」の所得が生成される。誰かの所得が増えれば、その人(あるいは企業)は消費や投資を増やし、別の誰かの所得が増える。
アベノミクスは、日銀が発行したおカネを、財政出動で実体経済に向かわせることについても踏み込んでいる。それにもかかわらず、財政出動という第二の矢について沈黙する以上、マスコミは単に安倍政権を批判し、アベノミクスを否定したいだけとしか思えないわけだ。
みつはし たかあき(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、わかりやすい経済評論が人気を集めている。