『ユーディットXIII(ドライツェーン)』(平谷美樹/東京創元社 1785円)
主人公が誰なのかあまりはっきりしていないからこそ楽しめる、というタイプの小説がある。とりわけアクション系、冒険活劇系のものに傑作が多い。敵対する複数の人物、各々の心理を描くことで銃撃戦やチャンバラに緊迫感が生まれるのだ。それぞれが自分なりの信念を持っている。勝つのは自分だ、と信じている。ゆえに読者は戦いがどのような形で終結するのか予測できなくなり、行く末を知りたいという興味でページをめくり続ける。
本書の作者は2000年にデビューしてすぐに『エリ・エリ』で第1回小松左京賞を受賞した。しかしSF専門の書き手にはならず、時代小説、怪談、釣り小説など幅広いジャンルを手がけるようになった。第2次大戦下のヨーロッパを舞台に死闘を描く本書は、その多彩な才能を凝縮させた力作である。
一応、物語の最初は主人公らしき人物が明確だ。1937年2月、画家としての大成を目指す青年・不破真一はパリの美術館に飾られたクリムトの絵画『ユーディットXIII』を見て衝撃を受ける。これ以上の作品を自分は描くことはできないという絶望。流浪の旅の末、スパイ組織の一員になる。しかし、彼がナチスからの絵画奪還作戦に参加したあたりから主人公は曖昧になる。作戦に関わる複数人物それぞれの思惑を克明に描いていくのだ。企てや裏切りの錯綜するスリリングな展開が素晴らしい。
(中辻理夫/文芸評論家)
◎気になる新刊
『本音の沖縄問題』(仲村清司/講談社現代新書・798円)
1972年5月15日、日本復帰−−。それから40年、基地とカネをリンクしたシステムが完全に破綻しつつある沖縄で、いま何が起きているのか。大阪生まれの沖縄人2世で沖縄に移住して15年を数える著者が、沖縄人の本音を交え、「沖縄問題」の真実に迫る。
◎ゆくりなき雑誌との出会いこそ幸せなり
『週刊ダイヤモンド』の病院特集が売れ行き好調らしい。そこで、これまでの特集を1冊にまとめた臨時増刊『頼れる病院&医師』(ダイヤモンド社/880円)が発売された。ガン治療の最新医療や名医の探し方などを紹介。成人病と隣り合わせの生活を送る中高年にはありがたい。
都道府県別に一覧表を作成した『頼れる病院ランキング』では、病院の実力が一目瞭然となっており、地方の読者にこれほど有効な情報はないだろう。また、ニュースでよく報道される医師不足や病院経営の様々な問題点も指摘されており、現在の日本の医療実態もわかりやすく解説されている。
大きな病院では、一人の医師が100人の患者を担当することも珍しくないという。ましてや、医師の仕事は間違いが許されない。過酷な医療の現場をこと細かに構成することによって、私たちがどのように病院と付き合っていくべきかを手引きしてくれる。完全保存版の名にふさわしい充実した内容の増刊号だ。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)
※「ゆくりなき」…「思いがけない」の意