経済産業省は、第二次安倍政権と結びつくことで、長年の望みである電力自由化やTPPなど、「規制緩和」「民営化」「自由貿易」といった政策を実現しようとしている。すなわち、構造改革だ。
誤解している読者が多いと思うが、日本で構造改革を主導しているのは経済産業省なのだ。民間企業の方は、必ずしも構造改革路線を支持するところばかりではない。経団連会長の米倉弘昌氏(住友化学会長)などは、何しろ自社がアメリカのTPP推進企業であるモンサントと提携していることもあり、割と本気でTPP路線を推しているように見える。だが、日本国内で「構造改革」を最も強硬に推進しているのは、実は経済産業省の官僚たちなのである。
いわゆるアベノミクスは「金融政策」と「財政政策」それに「成長戦略」の三つのポリシーミックスで成り立っている。
筆者が個人的に最も懸念を抱いているのは、あまりクローズアップされることがない「成長戦略」である。「成長戦略」にかこつけて、日本のデフレを「促進」する規制緩和、自由化、TPP等の構造改革を推進しようとする日本人が存在しているわけで、極めて問題だ。
具体的には経済産業省の官僚たち、および竹中平蔵氏や太田弘子氏に代表される経済財政諮問会議、日本経済再生本部、産業競争力会議、それに規制改革会議の民間議員、委員たちである。
そもそも構造改革とは、政府の規制(というより「法律」)を緩和、撤廃し、競争を激化させることで「潜在GDP」の成長を目指す政策なのだ。
潜在GDPとは、日本経済の工場や店舗、施設、設備、さらに人材などのリソース(資源)が、100%稼働した場合に生産可能なGDPのこと。潜在GDPを成長させるとは、「日本経済の供給能力を高めましょう」という話なのである。
普通の人が「日本経済の供給能力を高める」と聞くと、「何が問題なの?」と思ってしまうだろう。
だが、現在の日本はデフレだ。潜在GDPが足りないのではなく、需要の不足という問題を抱えているのだ。需要とは、ずばり名目GDPのことだ。潜在GDPが名目GDPに対し過剰となり、デフレギャップが発生しているからこそ、我が国は物価が下がり続けているのである。
物価下落というデフレに悩む日本が、潜在GDPを高める構造改革を強行し、物価を押し下げて(間違いなく下がる)、いったい何をしたいというのか。
TPP推進派は、日本がTPPに参加すると「物価が下がる」というメリットを強調する。確かに国内企業と外国企業との市場競争が激化し、物価は下がっていくだろう。とはいえ、現在の日本はデフレだ。物価の上昇ではなく、下落で困っているのである。
また、日本がTPPに加盟し市場競争が激化すると、廃業や倒産が増えていくことになる。竹中氏らは「そんなものは自己責任」と切り捨てるのだろうが、デフレの国で倒産が頻発し失業者が増えると、さらなるデフレ深刻化を引き起こしてしまう。
何しろ、失業者は消費を減らす。「民間最終消費支出」が縮小することになり、デフレギャップが拡大するのだ。
さらに、物価の下落とは、反対側から見ると日本円の価値の上昇である。価値が上昇していく日本円は、当然ながら「外国通貨に対する価値」も高まっていく。すなわち、円高の進行だ。日本がTPPに加盟し、デフレが促進されると、円高に逆戻りだ。
円高は企業の投資意欲を削り取り、「総固定資本形成」を縮小させ、やはりデフレギャップを拡大させる。しかも、円高で工場の海外流出が進むと、日本国内の失業者が増え、またもやデフレギャップの拡大だ。
TPP参加に限らず、構造改革主義者たちの主張する「規制緩和」や「民営化」「自由貿易」といった構造改革路線は、その全てが「物価を抑制すること」が目的だ。すなわち、インフレ対策なのである。
たとえば、我が国が現在とは逆にインフレギャップを抱え、物価上昇で苦しめられているならば、まだしも理解できる。構造改革はインフレギャップを埋め、物価を抑制してくれる。
だが、何度も言うが現実の日本はデフレだ。デフレで国民が困窮に喘いでいるにもかかわらず、竹中氏を始め、構造改革を推し進めようとする日本人が後を絶たない。
実際に、多くの構造改革主義者たちが、安倍政権の各種委員会に潜り込んでいる。
彼らの圧力に負け、安倍政権が電力自由化に代表される各種の規制緩和や、究極の自由貿易であるTPP参加を決断してしまうと、国内物価に抑制圧力がかかり、せっかくのデフレ対策が無効化されてしまう。いわば、アクセルを踏み込みながら、同時にブレーキを踏むようなものなのだ。
安倍政権は、いや「日本国民」は、デフレ対策のどさくさに推進される各種の構造改革路線を拒否しなければならない。
さもなければ、我が国の宿痾とも言うべきデフレから脱却する日は、永遠にやってこない。
三橋貴明(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、わかりやすい経済評論が人気を集めている。