カウンター内の奥のテーブルで、若い男子従業員が左手に茶漉しを持ち、それに何枚もの小皿から何やら黒っぽいものを次々と移している。近くの席にいた7〜8人の客が店を出て間もなくだった。
若者は茶漉しを上下に2〜3回振って、下のボールに汁を落とすと、茶漉しに残ったものをタッパーに入れる。その繰り返しだ。
トイレに立った際、若者の手元を覗き込むと、それはヒジキだった。席に戻り、あらためてテーブルを見ると、ニンジン、油揚げの細切れが混じったヒジキの炒め物が置いてある。頼みもしないのに、たいがいの店で出される“お通し”だ。
ぜんぶ食べる人、少ししか食べない人、まったく食べない人もいるが、どっちみち、それだけで500円くらいは取られてしまう。
ある通夜の帰り道で、連れは親戚の家族。このことを小声で話すと、70代の伯母が「きっと、前の客が残したものを次の客に出すのよ。だれが箸で突ついたかわからないし、そんなもの出されるのって、嫌よねぇ。病気の客だっているだろうし、ホント、嫌よねぇ…」と顔をしかめる。
よく観察していると、伯母が言った通り、茶漉しで汁を除いたヒジキをタッパーから取り出し、それを次の客に出した。決定的な使い回しの瞬間だ。
伯母によれば、汁が染み出るのは「ヒジキ料理そのものが古くなりすぎた証拠」、つまり何度も使い回しされているからだという。東京都庁のビルが見える新宿一等地の店にして、このありさまである。
こちらは計5人。他の客の食べ残しを“お通し”に出されて2500円前後は取られている。こんなバカらしいことはない。
店を出る際、50代とおぼしき店主に使い回しを注意すると、
「うちは、そんな店じゃない!」
と血相を変えて反発してくる。しばらく言い争いが続いたが、店主は他の客を気にしてか、黙りこくった。伯母の娘が、
「たかがヒジキでしょ。許してやったら」
と背中を突いてくるが、そんな問題ではない。使い回しを1品やっていれば、他もやっているに違いないからだ。
「今後、注意します」
店主からその言葉を引き出すまでに10分ほどかかった。茶漉しを持っていた若者は「俺の息子」と言った。とんでもない後継者教育をしているものだ。