公安関係者複数から問い合わせが舞い込んだのは、2月末のことである。彼らの危惧は「韓国の新興宗教『新天地イエス教会』のような新型コロナウイルスの“発信源”に、幸福の科学がなりはしないか」である。
なぜそんな危惧を抱くのか。ここに『中国発・新型ウィルス感染霊査』(幸福の科学出版)なる“緊急発刊書”がある。公安関係者に危機感が生じたのは、この本の内容を「読者がまともに信じたら、社会的な影響はどうなるのか…」。ちなみに、発売日は2月18日だ。
同書では、芸能人や政治家、財界から研究者まで、ありとあらゆる分野の人々(物故者か否かは問わず)の「霊言」を語り続ける大川隆法総裁が、今度は新型コロナウイルスの来し方行く末を語っている。もちろん、語っているのは宇宙人の霊であって、その言葉が大川総裁の口を介して伝えられる、毎度のパターンだ。
霊に質問しているのは、幸福の科学幹部職員の面々で、Q&Aスタイルのやりとりが展開されている。大川総裁は、こうやって霊に呼びかける。
〈中国の新型コロナウィルス感染が始まるに当たり、中心的な役割を果たしたる者がありましたら、その旨、幸福の科学にてお教えいただきたいと思います〉
そして〈新型コロナウィルスについて、中心的にかかわってらっしゃる方というように理解させていただいてよろしいでしょうか〉の問いに“出現した”霊は〈うん。まあ、いちおう、責任者の一人です〉と、かなりアバウトに返している。くどいようだが、このセリフを発言しているのは、大川総裁その人だ。
以下、この“霊人”が語るストーリーをまとめてみると――。
●中国は生物兵器による新疆ウイグル自治区等への攻撃を企図していた。さらに香港、台湾のウイグル化を狙っていた。
●これに対して、「実際に使ったらどうなるのか」を中国指導部に知らせる必要がある。
●中国には今、内敵を「殺したい」想念が渦巻いており、その「憎しみの波動」みたいなものが、ウイルスを悪性化、悪霊化させる。よって、新型コロナは「共産党ウイルス」である。
ところで、この霊人はかつてのスペイン風邪やエイズなどのウイルスも「送り込んだ」と語る。しかも、ペストの大感染にも加わっていたという。内容は一種の天罰的なストーリー構成で、凡庸な天譴論にすぎない。
★“信仰免疫”で感染回避
では、どうすればこのウイルスから身を守れるのか。同書で霊人が言うには、
〈これは、まあ、『共産党ウィルス』とも言いましたが、逆に言えば、『信仰免疫』っていうのが同時にありまして、『神への信仰』があれば、免疫がつくのです。死なない〉
つまり、信仰は免疫を“作る”というわけだ。実際、信仰があるとウイルス感染にどのような影響が表れるのか、霊人は饒舌である。
〈(信仰を持つとウィルスの)『悪性が弱まる』ということです。ウィルスは小さいですが、ウィルスにも、要するに、悪性の想念が宿ると、これが『悪霊』みたいになってくるということですね。さらに致死性を持つこともある、ということですね〉
知己の公安関係者が語る。
「要するに、信仰免疫さえあれば、ウイルス感染のリスクを回避できるという理屈なんです。実際、『マスク不要』という指導もなされているようですし、感染者が信仰によって回復すると信じ込んで、彼らの施設を積極的に訪れたり、集団での会合を開催したりすれば、どれだけのリスクが生じるか。幸福の科学施設の周辺住民、そこに集まる信者の利用交通機関などの動線まで想定して、対策を立てなければならない。オウム事件の際に、『警察は手ぬるい』『宗教団体や施設は聖域か』と、国民の指弾を浴びたのは、そう昔のことではありません」
確かに、大川総裁は香川県内の講演(2月22日)で〈冒頭、大川総裁は(マスクは)実際全然要りません。(中略)コロナウイルスを死滅させることも可能です。そういう法力を持っております。だから全然気にしないで、治しに来たと思った方がむしろいいかもしれませんと語った。〉(ザ・リバティWebサイトより)とある。
信者が信仰免疫を本当に獲得するならまだしも、“感染者はマスクなしで幸福の科学施設へ治しにいらっしゃい”と呼びかけているのも同然ではないか。ただし、こうした呼びかけは、なにも幸福の科学に限った出来事ではなかった。
これまで新宗教の多くが、「病治し」で教団興隆のきっかけを掴んだのは事実である。実際、そのことで社会貢献したケースもある。たとえば、ハンセン病に関しては明治時代において「感染症」とは認識されず、地方病として扱われていた。
国家によって放置された患者を積極的に救済しようとしたのは、キリスト教宣教師や日蓮宗僧侶である。彼らは病院まで造った。もちろん、加持祈祷が違法であるわけでもないし、「無病息災」と絵馬に書き込む参拝者は少なくない。
幸福の科学が、新型コロナウイルスにどんな見解を持ち、祈願しようとも、「信仰の自由」と言われれば、それまでである。大川総裁の“法力”にすがる人々がいたとしても、止めようはない。しかし、「治しに来た」という感染者が実際に存在したら、クラスターの感染起点になりうる事態は免れない。
★マスク着用は「自己判断」
幸福の科学の公開する行事スケジュールを一瞥しても、中止や延期の文字はどこにもない。新型コロナで自粛ムード一色の宗教界において、これは異色であるし、“強気”なのだ。実際はどうなのか。
「感染を拡大しないよう配慮しつつ、その行事ごとに適宜判断致します」
という幸福の科学グループ広報局の回答は、歯切れのよさが感じられない。マスク着用に関しては、
「参加者自身の判断に任せております」
ただし、大人数が集まる大川総裁講演会開催時には、
「希望者にはマスクを配布すること、体調不良の方の参加は予めお断りすること、講演会場入口にて入場者全員にアルコール消毒を行っていただくこと等を実施しております」
一方、自粛ムードの宗教界は、別の事態を危惧しているらしい。以下は、「宗教界の朝日新聞」とも言われる『中外日報』(3月4日付)からの引用だ。
〈例えば医療崩壊を防止するため無症状の感染者を収容する場所として宗教施設を活用してはどうかと政府が決めたとしよう。(略)教団職員や従事者は安全のために退避して、国の管理の下に置かれることになる。それは一歩間違えれば、戦時体制下での接収と似た事態にもなりかねない〉
宗教団体といっても、見る方向がまったく違う。安倍政権は、緊急事態宣言を新型コロナウイルス感染拡大でも可能にする法案を3月13日に可決、成立させた。
実際に、安倍首相が宣言をするか否かは未知数だが、宗教団体にはどのような影響が想定できるのか。おそらく、「大勢の人が集まる催し物の開催制限」に抵触するケースとして、信者を集めた集会や行事が当たるとされる場合だ。
原則はあくまでも「中止要請」だが、応じなければ「中止指示」も可能になる。中外日報が心配するような接収もハードルは高いが、強制可能となる。幸福の科学が従前通りのスタイルで、行事その他を遂行できるかにも疑問符がつく。
もし、新型コロナウイルスが前述した『新型ウィルス感染霊査』に書かれたストーリーで流布されたのなら、「信じない(信仰心のない)者」は、救われなくて当然という結論になる。逆に見れば、この種の主張には「正しい宗教を信じる者だけが救われる」という選民思想が充満している。
新天地イエス教会の教祖が土下座しても、感染拡大はどうにもならなかった韓国のような惨状は、見たくはない。