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田中角栄「怒涛の戦後史」(16)元首相・宮澤喜一

「他山の石」という言葉がある。他人の受け入れ難い言行を見て、それを参考に自分の品性などを磨く助けとすることの謂である。田中角栄にとっては、宮澤喜一こそがその「他山の石」でもあったようだ。

 まず、田中と宮澤は政界入りまでの生いたち、環境が違っていた。ここから、政治とは何かの発想がことごとく異なり、やがては双方の不信感に直結していったようであった。

 田中は頭脳明晰ながら家計を助けるために、尋常高等小学校を卒業すると土建業の下働きなどをしながら15歳で上京。地べたをはうようにして泥水をすすり、やがては独立して土建業で成功し、それを足場に政界進出したことは知られている。要するに、叩き上げの人生である。

 対して、宮澤といえば、田中同様こちらも頭脳明晰、東京帝国大学法学部を首席で卒業、大蔵省に入っている。すごいのは、現在の国家公務員総合職試験である高等文官任用試験で、通例は一つパスしてくるのだが、なんと宮澤は行政科と外交科の両方をパスしてきた。エリートぞろいの大蔵省における“伝説”の中でも、のちに首相となる福田赳夫と宮澤が、「秀才」の双璧と言われているのである。

 なるほど、テクノクラート(官僚)としての宮澤の手腕は堅実で、鋭い分析力、語学力、実務能力の高さは誰もが一目を置いていた。

 まず、大蔵省の先輩、池田勇人の目に止まり、池田が時の吉田茂首相に買われて次官から政界入りし、代議士1年生で大蔵大臣に大抜擢されるや、宮澤はこの池田蔵相に秘書官として取り立てられた。

 案の定、その時の仕事ぶりはソツがなく、やがて池田が首相の座に就くと、対米交渉の舞台裏で存分に腕を振るったものである。時に、米国の高官いわく「ミスター池田は、小さいがキラリと光るダイヤモンドを持っている」と、宮澤の存在をうらやましがるほどだった。

 なるほど、その後も宮澤は、佐藤栄作、三木武夫、鈴木善幸、中曽根康弘、竹下登の各内閣で、やがて自らが首相の座に就き退陣したあとも、小渕恵三、森喜朗の両内閣で閣僚を務めている。その政治手腕には定評があり、経済企画庁長官、通産大臣、外務大臣、官房長官、副総理、大蔵大臣といった重要ポストを担った。

 ところが、歴代内閣がみな宮澤を重用したにもかかわらず、田中の宮澤への評価は低かった。

 田中は首相になる前、一度だけ宮澤と酒席を共にしたことがある。宮澤は酒に強く、酔うと目がすわり、相手が誰であれ経済、財政の議論をかましてくるクセがあったが、このときも同様だった。

 田中は宮澤との酒席のあと、側近にこう漏らしたという。

「アイツは食えん。たしかに第一級の秘書官ではあるが、政治家じゃあない。二度と酒は飲みたくない」

★田中内閣では「排除」

 つまり、宮澤はエリートではあるが、政治家としてきれいごとで終わっていると見たのだった。政治の世界は、困った者もいれば、泣いている者もいる。政治とは、助け、助けられの泥くさい作業なのだ。そのあたりが、分かっていないということである。

 対米交渉では評価をされた宮澤だが、田中からすれば真の修羅場となる外交交渉などは、何もできていないとの不信感も強かった。

 例えば、田中は佐藤内閣の通産大臣で、それまでこじれにこじれていた日米繊維交渉を、一気に解決してみせたという経緯がある。田中の前の大平正芳、そして宮澤の両通産大臣は、なんらこの交渉を前進させられずにいたのだった。

 田中は道路を直せ、橋を造れという地元選挙区の要望を次々に聞き入れ、「陳情を受けることこそ民主政治」と公言していた。対して、宮澤は「そんなことは県会議員がやるべき。世界をにらみながら、政治のカジ取りこそやるべき」の姿勢で、二人が噛み合うところはまったくなかった。

 田中内閣時代の田中派担当記者が、こんな証言を残している。

「田中内閣の前の佐藤内閣時代でも、田中は宮澤を嫌っていた。ために、自らの政権ではもとより、佐藤政権でも宮澤の党三役や国会対策など野党との折衝は無理と判断、ドロドロした舞台裏の仕事からは排除していた。

 また、閣僚ポストも一切、田中、大平の両内閣では宮澤に与えなかった。大平もまた、宮澤とは反目していたからだ。田中がネジを巻いて“宮澤はずし”をしたともされるが、大平も同様に一番苦しいときに、同じ派閥の流れにある宮澤が何ひとつ泥をかぶったり、汗をかいたりしてくれなかったことで、不満があったのです」

 政治は、いや人生は、時に「汚れ役」を回避しては成り立たないということを、若くして脳裡に刻み込んできた田中にとっては、やはり宮澤という存在は「他山の石」以上のものではなかったということであった。
(本文中敬称略)

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【著者】=早大卒。永田町取材49年のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『愛蔵版 角栄一代』(セブン&アイ出版)、『高度経済成長に挑んだ男たち』(ビジネス社)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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