『鍵のない夢を見る』 (辻村 深月/文藝春秋 1470円)
食わず嫌い同様、読まず嫌いというものもある。この作家の小説は自分の好みではないジャンルなので読まなくていい、と最初から手に取らないような態度だ。たとえばミステリーは人気ジャンルの一つではあるが、世のすべての人がミステリー好きであるとは限らない。もっと人間存在の深い部分を掘り下げる歴史的名著を読破していきたい、と考える人は決して少なくないのだ。
しかしこの考えは、そもそも最初から狭い視野にとらわれているような気がする。ひと口にミステリーと言っても、作家によって個性は異なる。犯人は誰か、といった謎解きをストーリーの中心に据えながらも、実は犯罪に関わる人の悲しみ、苦悩をものすごくリアルに描く作家は多い。
本書は7月に第147回直木賞を受賞した短篇集だ。元々作者は2004年にミステリー作家としてデビューした。今回受賞の短篇集も一応は犯罪ストーリーばかりが収められており、その点では極端に作風が変わったわけではない。しかし、人間の心の揺れ、複雑なひだを描く手腕はかなりのレベルに達している。
5篇すべての女性主人公が他人と自分を比べてあがく。あの人よりここは勝っている、ここは劣っている、といちいち考える。この飽くなき差別意識というものは私たちの日常から決して消えることはない。まさしく人間の奥深いところを掘り下げた短篇集なのだ。
(中辻理夫/文芸評論家)
◎気になる新刊
『AKB48総選挙! 水着サプライズ発表2012』(集英社・1200円)
“チームA”だの“ネクスト”だの、分け方の意味はよくわからないが、とにかく64人ものウラ若き乙女たちの水着を拝むことができる超々お買い得な写真集。付録に特大ポスター、シール、マウスパッドまで付いている大サービス品である。
◎ゆくりなき雑誌との出会いこそ幸せなり
ロンドン五輪の柔道中継を見て思った。代表選手の中から、プロレスラーや格闘家に転身する者が出るだろうか…と。
柔道からプロへの転身。その草分けは、史上最強の柔道家といわれた木村政彦。日本プロレスの父である力道山との対戦は1954年に行われ、木村の不可解なKO負けに終わる。
辰巳出版のプロレス専門誌『Gスピリッツ 特集[力道山vs木村政彦]』(1200円)は、今でも謎とされる試合の結末を、リングサイドで目撃していた関係者の証言や、天龍源一郎、前田日明といったプロレス界の重鎮によるVTRの解析によってひもとき、これまでタブーとされてきた真相に迫る。
半世紀以上が経過し、試合の模様は動画サイトで視聴できるようになった。
また今では、事前に決まっていた勝敗を力道山が反故にし、セメント(真剣勝負)を仕掛けたという説も流布している。だが専門家たちが解析すると、単なるセメントではない両者の複雑な関係が透けてきて面白い。(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)
※「ゆくりなき」…「思いがけない」の意