だとすれば、考えられるのは信繁は秘密裏に兄と結託して、信虎の追放に手を貸していたのではないだろうか。そうであれば、信玄の家督奪取の功労者であり、殺される理由もなくなる。信繁は自分を溺愛する父とは距離をおいて、信玄に接近するような態度が多々あった。「父が政権に居座っていれば、いずれ国はまた乱れる」と、信虎の苛酷な統治手法にも批判的で、信玄による新政権の樹立を望んでもいたという。
用心深く猜疑心の強い信虎が、甲斐を留守にして駿河に出掛けたのも、信繁が信玄を監視してくれることを期待したからだった。
また、信玄は信繁から信虎による廃嫡の謀略を聞かされ、挙兵を決意したという説もある。信繁ならば、信虎も安心して秘密を打ち明けたはずだ。なにしろ、信玄の廃嫡で一番の得をするのは信繁なのだから。
しかし、信繁は信虎や信玄ほどには、権力に執着してはいない。自分の限界もよく知っている。武田家の当主となっても、果たして家中をまとめていけるだろうか。それよりも兄の補佐役のほうが自分には適職なのかもしれない。そうなれば武田家も安泰だし、自分の力も発揮できると、自己分析。より自分にとって都合がいい未来図を想定して、父と兄による骨肉に加担した。信玄と比べると、柔和で穏やかな人物と評される信繁だが、
「使えない父に従っていても将来が心配だ。兄の陰謀に加担するとしよう」
いざとなれば冷徹に父を切り捨てた。さすがに信玄の兄弟だけのことはある。