『夜に生きる』(デニス・ルヘイン/加賀山卓朗=訳 ハヤカワ・ミステリ 1890円)
今やアメリカに対して純朴な憧れを抱く日本人は少なくなっているかもしれない。バブルがはじけて以降「不況だ、不況だ」と私たちはずっと口癖のように言ってきたけれど、それは贅沢なグチだ。第2次世界大戦終結間もないころ、日本人たちは確かに貧しく、豊かなアメリカに憧れていた。しかし時を経て、私たちも豊かになった。もはやアメリカに憧れる理由はなくなっているのだ。
そういう日本全体の気分は文化の流行りにも反映されている。ハリウッド映画や翻訳ミステリーに憧れを抱く人は少なくなり、日本産の映画や小説を楽しむことが普通になった。アメリカに負けず劣らず、日本人も十分に豊かな文化を作れる、と今の私たちは思っている。しかし、本当はそうでもないのだ。『ゴッドファーザー』のようなスケールの大きな映画を、まだ日本人は作れていない。それは小説にも当てはまることで、本作『夜に生きる』に匹敵する大河的な貫禄のあるギャング小説を書ける人はさほどいない。もともとはチンピラだった男が苦難を経て暗黒街でのし上がっていく物語。読んでいて本当に胸躍る。デニス・ルヘインの小説は、世界に通用する文化とはどういうものか、教えてくれる。日本のアニメや漫画は最高だ、と言い切るのは思い上がりだ。ルヘインを読めば、日本の文化はまだまだだ、と思い知らされることだろう。
(中辻理夫/文芸評論家)
◎気になる新刊
『羽生善治論 「天才」とは何か』(加藤一二三/角川書店 820円)
「神武以来の天才」と呼ばれ、1954年に史上最年少棋士、史上初の中学生棋士となった著者が、同じく天才棋士「羽生善治」を徹底分析。なぜ彼だけが強いのか? 七冠制覇達成を可能にしたものとは? 天才による“天才論”は必見!
◎ゆくりなき雑誌との出会いこそ幸せなり
物々しい装備に迷彩服、目だけが異様にギラギラした2人の兵士が表紙を飾る−−。書店の棚でもひときわ異彩を放つ雑誌が『軍事研究』(ジャパン・ミリタリー・レビュー/1200円)。表紙は第一空挺団レンジャーの訓練風景だそうだ。
1966年に創刊された軍事問題専門誌。日本をはじめ、世界の軍事情勢に関する記事や論文を掲載した、極めてハードコアなつくりだ。
中を開くと、沖縄米海兵隊とオスプレイ、北朝鮮の核実験問題、海軍大国を目指す中国の動向など、タイムリーな記事がずらり。新聞やテレビ報道より、さらに詳細な解説は、いま日本が抱えている周辺国との軋轢がより差し迫った現実であることを読む者に突き付ける。
ミリタリーオタク向けの興味本位の内容とはいえず、真正面から「軍」を題材として扱う際立った誌面だ。軍事アレルギーを抱えた日本にあって、この雑誌の存在は衝撃的ですらあるだろう。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)
※「ゆくりなき」…「思いがけない」の意