「今後の展開次第では、彼女は2年後の東京オリンピックに出場できなくなるどころの騒ぎではなく、選手生命を断たれるかもしれません。彼女が戦う相手がいかに強大であるか、知らない者はいません。だから、彼女に味方したいという関係者が続出したんですから…」(体協詰め記者)
8月29日、体操の宮川紗江選手(18)が東京の弁護士会館で会見を開いた。先に発表された速見佑斗コーチ(34)の処分が「おかしい」というのである。
ことの経緯は、7月11日、その速見コーチの暴力的な指導が日本体操協会に通報された。協会は本人を含めた聞き取りを行い、8月13日に「無期限の登録抹消」処分が下され、同20日、速見コーチは地位保全の異議申し立てを行った(同31日に取り下げ)。
「この時点では『また暴力指導か!?』と言うだけだったんです」(同)
だが、同コーチの被害者であるはずの宮川選手が会見を開き、様相が変わった。
「確かに暴力的な指導はあったようですが、それは『気の弛み=大怪我』を防ぐためのもので、パワハラではないと。衝撃的だったのは、今回の処分は塚原夫妻による“仕組まれた罠”だったという証言でした」(同)
日本体操協会の塚原光男副会長(70)は五輪3大会に出場し、5つの金メダルを獲得した体操界のレジェンドである。妻の千恵子さん(71)もメキシコ五輪代表選手で、現在は同女子強化本部長の要職を務めている。朝日生命体操クラブも指導しており、光男氏は総代、千恵子本部長は女子監督の肩書を持っている。
「処分発表前に強化合宿があり、そこで宮川は塚原夫妻に呼び出され、『暴力指導があったと言え』と脅されたそうです。しかも、朝日生命への移籍を勧められた、と」(スポーツ紙記者)
塚原夫妻は宮川の会見を否定したが、朝日生命クラブへの引き抜きは、過去にも多々行われていたそうだ。
「'91年全日本選手権では、朝日生命選手と他クラブ選手の採点があまりにも偏っていたため、半数以上の女子選手が途中棄権するボイコット事件があったのは有名です」(同)
宮川は体操界の最大権力者に反旗を翻したわけだ。
それを知ったロンドン五輪代表の田中理恵や、北京、ロンドン五輪代表だった鶴見虹子といったOGたちが「紗江を助ける」「応援する」とツイッターを通じて表明。タレントに転向した森末慎二氏も宮川擁護の発言をしている。さらに、指導者として体操協会に籍のある池谷幸雄氏までがそれに加わった。
「鶴見は朝日生命クラブの所属でした。池谷も今後の活動に影響しかねません。よほど言いたいことがあったのでしょう」(関係者)
特に、千恵子本部長にパワハラを受けたとされる証言は少なくない。
「無名選手の証言の方が生々しい。千恵子本部長に嫌われた選手は『邪魔だからウロウロするな』と怒鳴られ、見かねた父母がクラブを変えたいと申し出ると、『ワタシは認めません』と一蹴したらしい。移籍したら大きな大会に出場できなくしてやるというニュアンスに聞こえたようで、そういう告発が体操界の有力者や各メディアに寄せられていた」(TV局スタッフ)
宮川の会見後、体操協会は中立の立場ながら、「18歳の少女がウソをつくとは思えない」とし、第三者委員会による調査を決めた。これを受け、朝日生命クラブに教え子を引き抜かれた団体、無名の告発者たちは、「むしろ、第三者委員会の聞き取りを受けたい」とも話していたほどだ。
「光男氏は'91年のボイコット事件の責任を取り、競技委員長職を辞任しています。復権できたのは'08年北京五輪で千恵子本部長が女子監督として団体総合5位の結果を出したからです」(前出・体協詰め記者)
朝日生命クラブはこれまで計24人の五輪選手を輩出。千恵子本部長を絶対的地位に高めた北京大会では、出場6選手のうち、5人が同クラブの所属だった。
「一つのクラブから大量に五輪選手が出るなんてあり得ない。過去の引き抜きがいかにえげつないものだったか…」(同)
それにしても、日本のスポーツ組織から暴力指導と権力者の横暴がなくならないのはなぜか? スポーツライター・飯山満氏が言う。
「前時代的な指導で結果が出ていたからですよ。頂点を極めるためには根性論も必要だと思っている指導者、選手、父母が実は多いんです。選手側も考え方を変えるべきで、現場指導者が組織幹部を兼任するのをやめさせないとダメでしょう」
速見コーチは一転して処分を受け入れた。宮川の指導現場に早く戻るために、苦渋の決断を下したと見る向きの意見が聞かれた。
「速見コーチの暴力を通報したのは、千恵子本部長だとの情報もある」(前出・関係者)
その通りだとすれば、宮川への引き抜き工作にも合点がいく。
塚原夫婦は宮川選手へ謝罪を表明したが、今後、「被害者の会」はどう動くか。