「名古屋場所は、去年も15日間とも大入り満員だったが、今年はそれに輪をかけてすごかった。入場券が完売の札止めも10日間。それも相撲が始まる前の午前8時10分には売り切れる日が7日間もあったんですから、協会首脳は笑いが止まらない、といった顔をしていました」(担当記者)
そのフィーバーを演出したのが、夏場所に続いて綱取りに挑んだ大関稀勢の里(30)。綱取り条件は優勝だったが、まるで、協会関係者やファンの気持ちが伝わったかのような神風が稀勢の里の背を押しまくった。
まず、5日目にして、早くも栃煌山に負けたと思いきや、場所前の時点で通算1000勝まであと13勝に迫り、「名古屋で達成する」と意気込んでいた白鵬もコロリ。6日目、妙義龍に押し出されて負けたと思ったら、なんと物言いがつき、行司差し違えで勝ってしまった。さらに、9日目には白鵬、日馬富士の両横綱がそろって負け、弟弟子の高安とともに、あっさりトップに躍り出たのだ。
「日馬富士は『大関までは死ぬほどの努力でなれる。でも、その上の横綱は運命だ』と話しました。意思では左右されない神懸かり的な力が必要という意味ですが、この場所の稀勢の里には、まさに備わっているように見えました」(同)
それでも、綱の壁の前に四苦八苦したのだから、稀勢の里はやっぱり親の心子知らずの親不孝者。どうぞ横綱になってください、と周囲がお膳立てしたのに、10日目、松鳳山の右に変わっての突き落としを食らってバッタリ。13日目の日馬富士との2敗対決も土俵下まで吹っ飛ばされる惨敗。引き揚げてきた支度部屋では終始無言で肩を落とした。
ところが14日目、白鵬を破って千秋楽にまで望みをつなぎ、最後まで優勝争いにからんだのだから、稀勢の里は孝行息子という声も。
「これで来場所も綱取り、あるいは新横綱ファーバーが起こる。そうするとまた、稀勢の里で稼げるじゃないか」(協会関係者)
たとえ転んでもただでは起きない、この根性にアッパレを送ろう。