AGAは、なにも男性ばかりとは限らない。女性でも、AGAになる場合がある。遺伝や男性ホルモンの影響などで額の生え際が後退したり、頭頂部が禿げ上がる症状がそれだ。口さがない人だと、頭頂部のハゲを指して、“お月さん”と呼んだりもする。
こんなコマーシャルを、ご存知だろうか。
《朝、食卓で新聞を読んでいる男に、食後のコーヒーを出そうとする女。女は、男の頭を見て思わず愕然とし、運んできたコーヒーをこぼしそうになったところでクローズアップされる男の薄毛…》
'07年、このコマーシャルによってAGAという言葉が知られ、薄毛は病院に行けば治るかもしれないという期待が広まった。飲むタイプの脱毛治療薬フィナステリド(商品名プロペシア)の登場だ。
もともとフィナステリドは前立腺肥大症の治療薬だったが、抜け毛の進行を止める効果が発見され、脱毛治療薬としても使われるようになった。AGAの原因の一つである男性ホルモンの一種DHT(5α-ジヒドロテストステロン)が大きく関与していることが解明され、そのDHTの働きを阻害する作用がフィナステリドにはあったのだ。
それまでの薄毛対策といえば、気になる薄毛の部分を叩いたり、育毛剤をふりかけたり、植毛するのが定番。いわゆる“叩く・塗る・植える”の育毛3点セットしか方法がなかった。それを思えば、内服薬の登場は格段の進歩だった。
しかし、最近は現代医学の最先端を行く再生医療の分野から、さらに新たな薄毛治療法が開発されている。その一つが、HARG(ハーグ)療法と呼ばれる薄毛治療法。'07年からは臨床も開始されている。
その前年は、再生医療の道を拓いた画期的な年だった。京都大学の山中伸弥教授らが、世界で初めてマウスの皮膚細胞からiPS細胞という万能細胞を作ることに成功する。万能細胞とは、受精卵のように心臓、骨、神経、皮膚など人間の体を構成するさまざまな細胞に分化できる能力を持つ細胞のこと。これが活用できれば、自分の皮膚から万能細胞を作り、自分の体の失われた器官や組織を回復することができるかもしれない。そんな夢のような可能性を秘めているのが、再生医療の分野である。
HARG療法は、その万能細胞の一つであるヒト由来の脂肪幹細胞から抽出されたタンパク質に注目した。
細胞分化の行き着く先は体内の器官や組織だが、細胞が分化するには、細胞をどんどん分裂させ成長させなければならない。その際、細胞に成長を促すタンパク質が分泌される。このタンパク質は、細胞の成長にかかわることから成長因子と呼ばれ、すでに数種類の成長因子をパッケージしたもの(AAPE)が実用化されている。
この成長因子を薄毛の頭皮部分に注入してやれば、成長因子が毛根の根元にある毛母細胞を刺激し、毛髪を再生させることができるのでは、と考えた。