飴村 単に設定しやすかったというだけで、80パーセントはフィクションです。でも、自分の経験がないと物語はなかなか書けないとも思います。例えば、『水銀の〜』では、晃介の隣家にみなもというモデル並みの美人女性が登場しますが、残念ながら実際は僕の隣には50代のヤサグレたおばちゃんが住んでいました。僕は“偶然に起きることはない”というスタンスで生きているので、そのおばちゃんを美人女性と置き換え、隣に住んでいるのは何かしらの意味があると設定し、今回の物語を考えたんです。
−−晃介は、医学部を中退して作家になるまで工場労働をし、そこからなかなか抜けられないという生活をしています。これも飴村さんの経験ですか?
飴村 僕は大学を中退してから10年間、派遣工として働いていました。家賃を払って生活するのに精一杯のお金しかなく、ひたすら毎日朝起きて、タバコ吸って、工場で働いて、帰宅して発泡酒を飲むという生活で、4年目から10年目までの記憶の境目がないんですよ。僕の体感では「あの6年間は永遠」だったんです。
また途中からは、精神的にもキツかったんですけど、金がないから病院へも行けない。そうこうしているうちに結局治ったんですけど、そのころは全てが灰色に見えました。だから、今でもフォークリフトを見ると吐き気がするんです(笑)。本当にトラウマで、笑い話に昇華するのに10年かかりました(笑)。
そんな生活を10年続けていたときに父親が亡くなって。兄貴と相談し、4年間の猶予をもらい、もう一度大学へ入ったつもりで小説を書いたんです。そして4年目に日本ホラー小説大賞長編賞を受賞して、そのときの情景が本書の「犬のフンでさえ、思わず頬擦りしたくなるほど綺麗に見えた」という描写なんです。
−−その描写は素晴らしいですね。
飴村 でも、物語が鬼畜なので、そういった描写も駆逐されてしまうんですけどね(笑)。
−−鬼畜な物語といえば、代表作の粘膜シリーズがありますが。
飴村 粘膜シリーズは良くも悪くもカルト化してしまったところもあり、今作はそれを打破しようという気持ちがありましたね。粘膜を「見世物小屋」とするなら、今作は「お化け屋敷」と言ったところでしょうか。
(聞き手:本多カツヒロ)
飴村行(あめむら こう)
1969年、福島県生まれ。東京歯科大学中退。2008年『粘膜人間』(角川ホラー文庫)でデビュー。同作は第15回日本ホラー小説大賞長編賞を受賞した。