それによると、疫学調査を続けている福岡県久山町で、亡くなった住民から献体された脳をもとに、脳で働いているすべての遺伝子とアルツハイマー病との関係を調べた。
その結果、インスリン・シグナリング系は、神経細胞の生存やその機能維持に不可欠で、インスリンが破たんしたアルツハイマー病患者の脳は、代謝障害や炎症反応が鈍り、さまざまなストレスに対して著しく脆弱になっているという。
今回の研究では、そうした現象から、血糖値を調整するインスリンの働きが低下し、脳内のエネルギー代謝が悪化。神経細胞も死滅するためアルツハイマー病の発症リスクを高めるだけでなく、症状を悪化させていることも裏づけられた。
中別府教授は「糖尿病はアルツハイマー病の発症リスクを高めるだけでなく、症状を悪化させることもわかった。脳内での糖代謝やエネルギー代謝を改善させる新薬が開発されれば、アルツハイマー病の進行を抑えられる」と述べている。
インスリンは主に膵臓で作られ、糖を体の細胞に取り込ませるのに働くホルモンである。最近の研究で、インスリンは脳でも少し作り出され、神経細胞を守る作用があるとされる。しかし、糖尿病患者の脳では、インスリンを作ったり糖を利用するのに欠かせない複数の遺伝子の働きが落ちたていることがわかり、アルツハイマー病の発症率を高めていることに繋がっている。
糖尿病は大きく二つに分けられる。膵臓の異常でインスリンが作れずに高血糖となる「1型」と、インスリンがあっても不十分であったり細胞の側の問題でうまく利用できない「2型」だ。
ただこの二つには、共通する特徴がある。インスリンが上手く使えないことがきっかけになって神経細胞の障害を招き、アルツハイマーの発症につながっていること。この現象も、異状なたんぱく質の蓄積がきっかけになっているといわれる。
「九大の研究による知見は、糖尿病がアルツハイマー病の発症リスクを高め、症状を悪化させることに繋がるという点を解明した。そのことは認知機能の低下を遅延させるための治療や、予防のための新たな戦略を開発するのに役立つ新規の分子標的を提供していることでもあるわけです」
と語るのは、東京社会医療研究所の片岡主任だ。そして最近、欧米ではアルツハイマー病の治療にインスリンの点鼻療法が試みられており、認知機能の低下を遅らせる効果も報告されているという。また、アルツハイマー病患者の脳がインスリン・シグナリング系の異常を示すことから、今後、この伝達経路を改善する薬物との併用で、インスリンの脳保護効果を高めることが期待されるという。
糖尿病は何よりも合併症が怖い。平成19年の「国民健康・栄養調査」によると、糖尿病の人は890万人、糖尿病予備軍は1320万人に上る。前で紹介したKさんのように、人生の崖っぷちに立たされたくなければ、糖尿病はしっかりと治療すること。
また、「昼食後に眠くなる」「背中がかゆくなる」「指先がジンジンする」といった症状をすでに自覚しているなら、過食や運動不足に気を付け、医療機関での血液検査などを受診すべきだ。