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本好きリビドー(12)

◎快楽の1冊
『ノワール文学講義』(諏訪部浩一/研究社 2100円)

 ハードボイルドとは別にノワールという文芸ジャンル、映画ジャンルがある。
 ハードボイルドとノワールは、まあ、かなりの親和性でつながっており、関係は密接だ。でも、決して同じジャンルを指す用語でもない。
 どういうところが違っていて、どういうところが同じなのか、そこらあたりを知るのに最適な参考本が本書『ノワール文学講義』である。
 著者の諏訪部浩一は1970年生まれで、現在は東京大学文学部大学院の准教授だ。2012年に刊行した『「マルタの鷹」講義』が翌年に日本推理作家協会賞を受賞した。
 私たちの多くが暗闇に惹かれている。明朗なだけが人生、ってわけじゃない。暗い心、他人に対する嫉妬心とか、攻撃心とか恨みとか、そのようなマイナス感情を抱かない人は絶対にいないだろう。そして、そういうマイナス性と正面から立ち向かい、丁寧に描き切ったのがハードボイルド文学であり、ノワール文学なのだ。
 ミステリーというと確かにエンターテインメント、読み捨ての娯楽という印象を持つ人は少なくないだろう。しかし、このジャンルの中でもきっちりと人間の本性に迫ったダシール・ハメットという作家がいて、彼が1930年に刊行した『マルタの鷹』を詳細に分析した結果、賞を得たのがこの著者なのである。
 本書はそのハメット文学を基盤にしつつフィッツジェラルド、フォークナーなど、いわゆるアメリカの純文学作家と関連させ、さらにジェイムズ・M・ケイン、ジム・トンプソンなどクライム・エンターテインメント界の大御所に言及してハードボイルドとはどういう文学なのか、そしてノワールはハードボイルドとどこが違うのか、とことん追求していくわけだ。小説について深く切り込んでいく評論は、この世の財産である。
(中辻理夫/文芸評論家)

【昇天の1冊】
 ソープランドに行くと、まず出迎えてくれるのは礼儀正しいボーイさん。意外にも年配の方が多い。どんなソープ嬢が付いてくれるのかに気をとられ、ボーイたちを気にかける客はまずいないとは思うが、彼らにも人生がある。一体どういった人生を歩み、風俗店勤務にたどり着いたのか。
 『ソープランドでボーイをしていました』(玉井次郎著/彩図社/590円+税)は、東日本大震災後に職を失い自殺まで考えた50歳オヤジが、スポーツ新聞の求人広告をきっかけに東京・吉原のソープで働き始め、人生の再出発を図るというノンフィクションだ。
 新人ボーイを待ち受けていた寮生活は、過去に傷のあるワケあり男たちの吹きだまり。スリーサイズや年齢をサバ読みするなど当たり前、入れ代わり立ち代わりさまざまな店を転々とするソープ嬢たちの素顔。
 さらに、コンパニオンにとって迷惑でしかないデカチンを、ことさら自慢して嫌われている常連客や、車椅子に乗り、介護者に付き添われて来店する障害者の楽しそうな姿など、ソープを取り巻く人間模様がこれほどリアルに描かれた書籍は読んだことがなく、最後まで一気に読み通すことができる。
 著者の玉井氏は、最後には妻と息子が待つ東北に再就職のクチを得て、ソープを退職し吉原を去る。だが風俗業界で過ごした苦闘の日々が糧となり、新しい人生へと前向きに旅立つ姿は清々しい。人間の“転落”をテーマとした本ながら、語り口調もユーモアたっぷりで、読後感はスカッと爽やかだ。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

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