『越境者 松田優作』松田美智子 新潮文庫 590円(本体価格)
先週のこのコーナーで、松田優作が出演した2時間ドラマについて触れた。優作が亡くなったのは1989年の11月。もうじき没後満25年を迎えることになる。いまだにこの俳優の人気は絶大と言っていいと思うのだが、一般的にかなり理想化されているのではないか、という印象は拭えない。本当に、そんなに松田優作はカッコイイ人だったのだろうか。むしろカッコ悪い、コンプレックスや鬱屈した気分を抱えていたからこそ、あのような表現をできたんじゃなかろうか、と思うのだ。
松田優作は二度、結婚している。彼の奥さんは女優の松田美由紀、と認識している人は多いと思うのだけれど、彼女と結婚する前には、現在作家として活躍している松田美智子と結婚していたのである。そして彼女が2008年に出版した『越境者 松田優作』は、まさしく松田優作の実像を見つめ直し、人生をたどった傑作ノンフィクションといえよう。現在は新潮文庫で読むことができる。
優作に関しての本は過去に大量に出ている。最初は没後の翌年'90年に刊行された伝記『蘇える松田優作』である。著者は大下英治だ。同年、評論家の山口猛が『松田優作 炎 静かに』を出した。これは伝記ではなく、著者が冷静に優作の仕事を分析する評論であった。
ともあれ。この'90年あたりから松田優作について特集する雑誌が徐々によく出るようになって、リアルタイムでこの俳優について知らない世代も興味を抱くようになったわけだ。
しかし、どうも受け入れられ方が違うような気もする。最初の奥さんである松田美智子の描く優作像は、まさにリアルだ。うじうじ考え過ぎて、思わず人に暴力を振るう。そして自己嫌悪に陥って…。
要するにこの俳優は、決してストレートなヒーローではない。カッコ悪いからカッコイイのだ。
(中辻理夫/文芸評論家)
【昇天の1冊】
『デラべっぴん』『URECCO』『ザ・ベストマガジン』『GOKUH』『ビデオ・ザ・ワールド』などなど、一度は目を通したことがあるだろう。男性グラビア雑誌黄金期のヒットメディアである。
そうした雑誌を陰で支えてきたエディトリアル・デザイナーたちの奮闘をレポートした書籍『エロの「デザイン現場」』(アスペクト/定価2200円+税)が発売中だ。
エディトリアル・デザイナーとは、雑誌の表紙や中面のページをデザインする人たちのこと。写真や見出しをページの中にどのように配置し、カッコよく、エロく見せ、読者をひきつけるか−−。出版の仕事ではデザイナーの腕いかんで売り上げも変わるといわれるほど、重要な人たちだ。
そのデザイナーたち10人に取材し、苦労話を1冊にまとめている。興味深かったのは“工作企画”。ヌード写真を切り抜き、組み立てると、立体的なフィギュアが出来上がる。そんな遊び心満点の企画を、わかりやすく、丁寧に読者に伝えるには、どうページを構成すべきか。デザイナーの苦心と閃きが凝縮されたルポは、実に面白い。
広告ポスター等を手掛けるデザイナーの仕事ぶりを掲載した本は今までにもあったが、エロメディアに携わる人たちを描いた書籍は、あまり知らない。
また、ここで取り上げているエロ雑誌のほとんどはすでに休刊となり、もう流通していないせいか、どこか思春期の懐かしさを感じさせる本でもある。
エロ本は、やはりいい。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)