『東京の俳優』(柄本明/聞き書き=小田豊二/集英社 1785円)
柄本明は言わずと知れた日本を代表する名優である。独特の風貌は二枚目とは形容しがたいけれど、ユーモアとシリアスを絶妙な配分でブレンドさせた持ち味はこの人にしか出せないものだろう。
本書が出たのは2008年で新刊ではないのだが、名著と言っていいものなので紹介させていただきたい。内容は柄本明の自叙伝。彼の語りを演劇に詳しい編集者・作家の小田豊二が聞いて、実に丁寧に構成している。
まず冒頭あたりで柄本の子供時代から高校生あたりまでが語られる。タイトルからわかる通り、東京で1948年に生まれた彼は、とにかく映画三昧の生活を送っている。どんな作品が好きだったのか、おびただしい数を挙げていくのだが、その記憶力に驚かされる。一つひとつの映画に対する愛情が伝わってくる。興味深いのは、この少年から青年時代にかけては全く俳優になろうと思っていなかったところだ。
しかし、高校卒業後、営業マンとして働いている最中、人に誘われるまま1960年代後半のアングラ演劇を観たことで、とてつもないショックを受け、会社勤めを辞めてしまう。演劇活動に入り劇団『東京乾電池』を結成。この劇団が人気を博し映画にも進出していくわけである。
本書はまさしく人に歴史あり、と実感させてくれる本だ。ニヒルで攻撃的で、でも謙虚な語り口に人の面白さを感じずにおれない。
(中辻理夫/文芸評論家)
◎気になる新刊
『溶けていく暴力団』(溝口敦/講談社+α新書・882円)
衰退する暴力団の現状と今後、因習にとらわれない半グレ集団などの新たな暴力の実像と展望。溶けるように私たちの生活に食い込んでくるそれらの兆候、背景を、どう見抜き、そしてどう対処すべきか−−。
巨匠・溝口敦が、綿密な取材と豊富な見識から説く。
◎ゆくりなき雑誌との出会いこそ幸せなり
大阪、京都、奈良、兵庫など関西を中心とした食情報雑誌が『あまから手帖』(クリエテ関西/780円)。関西発のグルメ情報誌としては最も信用できると評判だ。
最新号は第1特集が「福島・中之島」、第2特集「デパートにトレンドを買いにいく」の2本立て。福島といっても東北ではなく、大阪市福島区の商業エリアのこと。焼き鳥のうまいエリアである上、和食やフレンチの出店ラッシュらしく、特に寿司屋の記事が写真も記事も丁寧である。中之島はその福島に隣接するビジネス街だが、こちらも飲食店の進出が盛んで活況を呈しているという。
第2特集は激戦の大阪デパ地下事情をレポート。ヘルシーな惣菜や和菓子など、旬のアイテムをそろえて集客を図る大手百貨店の奮戦が読み取れる。
過去に2度休刊を経験しながら復刊を果たし、今年で創刊29年だという。食通が多い関西にありながら高い支持がうかがえる1冊。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)
※「ゆくりなき」…「思いがけない」の意