――本作は10月から放送されるドラマとのメディアミックス展開になっています。小説を書く上で、ドラマの出演者を意識する部分はありますか?
池井戸 ドラマ出演者を意識してストーリーを作ることはありませんね。ただ、執筆するときには、それぞれのキャラクターを演じる役者さんの顔を思い浮かべながら書いています。おかげで主人公の佃は、作品当初に思い浮かべていたオッサンくさいキャラクターから、阿部寛さんの若々しくりりしいイメージになりました。また、真面目でカタブツだった番頭・殿村も、立川談春さんの演技のおかげで、憎めないユーモラスなキャラクターに変換されました。セリフ回しも変わってきているかもしれません。
――前作『ゴースト』から登場したニューヒロインの天才エンジニア・島津裕の活躍にも目が離せませんね。
池井戸 『下町ロケット』に登場する女性技術者は、島津裕も加納アキも、ひと味違うキラリと光る個性を持って登場し、読者に印象を残すキャラクターになっていると思います。作者の直感として、島津裕のキャラは女性だとしっくりくると思いました。今後のシリーズの行方は分かりませんが、島津裕には是非、継続して登場してもらいたいと願っています。
――本作では佃製作所があらたに農業分野へチャレンジします。農業をテーマにしたのは何か理由があるのでしょうか?
池井戸 きっかけは、数年前、別件で北海道大学の野口伸教授の「ビークルロボティクス研究」を取材したことです。この出会いは本当の偶然でした。農業ロボットの自動走行に準天頂衛星が大きな役割を果たしていると知ったわけですが、その衛星を打ち上げている大型ロケットには、主人公の会社・佃製作所が大きく関わっており『下町ロケット』のモチーフになるだろうと確信しました。
その後、野口教授には何度かお会いして、ビークルロボティクスや日本の農業が直面する課題などの貴重なお話を伺い、さらに関東や北海道で活躍されている専業農家さんたちの生の声にも触れる機会を得ました。自動走行の農業機器開発にとどまらず、農業の現実にまで踏み込むことになったのは、こうした皆さんの知見に接したことが動機になっています。
『下町ロケット』はあくまでエンターテインメントとして書いていますが、単なる下町のストーリーにとどまらず、こうした現実的な問題と向き合うことで、物語を深化させ、読み味の幅を広げるものと期待しています。
_(聞き手/程原ケン)
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池井戸潤(いけいど・じゅん)
1963年、岐阜県生まれ。慶應義塾大学卒。'11年『下町ロケット』で直木賞を受賞。他の作品に『七つの会議』『空飛ぶタイヤ』『ルーズヴェルト・ゲーム』、半沢直樹、花咲舞シリーズなどがある。