『崩壊』(塩田武士/光文社 1680円)
罪を憎んで人を憎まず。古くから伝わる、あまりに有名なことわざだ。罪そのものは奨励できる行為ではないが、罪を犯さざるを得なかった当人の心の事情は往々にして単純ではない。犯罪者イコール極悪非道の大悪人、と決めつけるのではなく、心の事情にも目を向けるべきではないか、という教えである。
この教えの通りに実際にできるかどうかはケース・バイ・ケースだ。殺人被害者の遺族はそう簡単に加害者を許す気にはなれないだろう。あるいは殺人犯の家族が近所に住んでいれば、気味が悪いと感じることだろう。しかしながら、やはり一応は罪を憎んで人を憎まず、の精神は持っていた方がいい。自分が犯罪者になっていないのは、たまたま日々の生活が安定しているからだ、と幸運をありがたく思える。謙虚な気持ちになれるのだ。
本書『崩壊』は犯罪者が犯罪者にならざるを得なかった事情をものすごく細かく、詳細にたどっていく小説である。大阪から程近い地方都市で市議会議長が殺害される。主人公は犯人解明を目指す50歳の刑事だ。しかし本作は彼一人をヒロイックに描く小説ではない。聞き込み捜査で出会うおびただしい数の人間がそれぞれ事情を抱えている。そして、その事情が絡み合って殺人が起きてしまった、と読者に知らしめる小説なのである。まさしく、罪を憎んで人を憎まず、という気持ちになる。
(中辻理夫/文芸評論家)
◎気になる新刊
『部長、その恋愛はセクハラです!』(牟田和恵/集英社新書・777円)
この世の多くのセクシャル・ハラスメント=セクハラは、恋愛とのグレーゾーンで発生する。なぜ女性はノーと言わないのか。訴えられたらどうすればいいのか。豊富な具体例を紹介しつつ、男が嵌りやすい勘違いの構図をあぶりだす。
◎ゆくりなき雑誌との出会いこそ幸せなり
ワールドカップ出場が決定した我らが日本代表。この号が発売されるころには、ブラジルで開催されるコンフェデレーションズ・カップにも出場中だ。来年のW杯に向け、サッカー熱も高まってくるだろう。
ということで、評判のいいサッカー専門誌を紹介。『フットボリスタ』(ソル・メディア/350円)は、欧州サッカーのレポートを中心とした毎週水曜日発売の週刊誌だ。折しも開催中のコンフェデ特集が組まれているが、ヨーロッパ事情に明るいスタッフをそろえているのだろう、世界と日本との違い、差を海外の評価を基に構成している。
とかくスポーツ紙などは日本は強いという提灯記事に終始しがちだが、果たして現在のザック・ジャパンが強豪国を相手にどのレベルまで通用するかなど、冷静な解説が目をひく。
なお写真の号は今月12日に店頭に並んだものだから、現在の最新号と違うことをお断りしておく。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)
※「ゆくりなき」…「思いがけない」の意